第二十六幕 建国の戦い(Ⅳ) ~デモンストレーション

「とりあえず元気なやつは集められるだけ集めてみたが……この街じゃこれが限界だぜ?」


 対談から数日後……。ディムロスの街の外には総勢で200人程の荒くれ者達が集っていた。


 元締めのドニゴールの招集によって集まったこの街の筋者達だ。



「うん。いや、充分だよ。ありがとう、元締め」


 マリウスはその光景を見やって満足そうに頷いた。彼の両脇にはソニアとヴィオレッタが控えている。


 余り数が多くなりすぎると太守に警戒される恐れがあるので、このくらいがむしろ丁度良かった。討伐対象の山賊たちもそれほど数が多いわけではないので、200人もいれば充分だ。



 後は統制の問題だが……



「ボス……言われた通りに集まりましたが……この女連れの軟派野郎に従って山賊を討伐しろってのは、いくらボスの命令でもちょっと聞けませんぜ」


 一際大柄な男が進み出てきた。後ろでは他の連中もそれに賛同している。


(早速来たね。おあつらえ向きだな)


 ドニゴールが何か言う前にマリウスもまた進み出てきて大男の前に立った。


「あの山賊共には君達も腹に据えかねているんだろう? 丁度いい機会じゃないか。それとも威勢がいいのは口先だけで、実際に奴らと戦うのは怖いのかな?」


「んだと、こら!?」


 大男がマリウスの胸ぐらを掴んで凄む。だがマリウスはニッコリと笑うとその腕を掴み返し、捻るような動作をする。


「うおっ!?」


 それだけで大男がひっくり返った。その光景を見た他の男達がざわめく。


「手っ取り早く行こうじゃないか。僕達の力の一部をお見せするよ」


「て、てめぇぇぇぇっ!!」


 起き上がった大男が顔を真赤にして殴りかかってくる。予備動作の大きい拳を容易く掻い潜ると、貫手を作って大男の喉笛を突く。


「ぐぇっ!?」


 大男が呻いて硬直する。そこに脚を大きく振り上げて鳩尾に爪先を蹴り込む。


「……!!」

 大男は白目を剥いて前のめりに倒れ込む。この間僅か3秒足らず。


「な……」

 他の男達が一様に唖然とする。



「剣を使えばもっと手っ取り早いけど、もちろんそれは止めておくよ。その上でまだ僕の実力に納得できない人がいるなら、前に出てきて貰えるかな?」


「……っ!」


 大男はこの中でも一目置かれる存在だったのだろう。それを一瞬で倒したマリウスを見る目が変わった。



「……流石だな。あっさり連中を黙らせやがった。だがこの後はどうするんだ? 数だけ揃えたって、それだけで勝てる程山賊共も甘くないだろ」


 場が収まったのを見てドニゴールが疑問を呈した。当然だが討伐に当たって山賊が向こうからノコノコ攻めてきてくれる訳がない。またこちらもいつ来るか解らない襲撃を待っている時間的余裕もない。必然、相手の縄張りに攻め入る形となる。


 兵装すら碌に整っていない烏合の衆が何百人いた所で案山子とそう変わりはない。だがマリウスは解っているとばかりに手を上げた。


「その点に関しては心配いらないさ。ねぇ、ヴィオレッタ?」


「ええ、そろそろ来る頃よ」


 ヴィオレッタが北に伸びる街道を見据えながら頷く。


「来る? 何が……」

「ボス! あれを……!」


 ドニゴールが聞き返そうとした時、子分の一人が街道の先を指差しながら怒鳴った。見ると土煙を上げながら100人程の武装した集団が近付いてくる所だった。


「……! 何だ、他所の街が攻めてきたのか!?」


 ドニゴールやその子分達がざわめきだすが、マリウスは声を張り上げてそれを制した。


「大丈夫だ! あれは僕達の味方・・だ! ここで合流する事になっているんだ!」


 そうしている内にその集団が至近距離まで近付いてきた。先頭でそれを率いているのは……



「マリウス殿! ヴィオレッタ殿達も……お久しゅうござる!」



 馬上から真紅の鎧に赤い髪をなびかせる女武人……アーデルハイドであった。同じ馬にもう一人女性が同乗していた。


「マリウス様。州都モルドバでの募兵と装備調達の任務、無事に完了しましたわ。その様子ですと、マリウス様の方も首尾よく行ったようですわね?」


 金髪を緩く垂らしたたおやかな美女、エロイーズであった。


「やあ、2人共ご苦労さま! 2人なら必ず成し遂げてくれると思ってたよ。こっちも見ての通り上手く行ったよ。ヴィオレッタの策通りだ」


 マリウスが2人を労う。エロイーズとアーデルハイドはこのディムロスに来る途上の州都モルドバに留まり、アーデルハイドは私兵集め。エロイーズは彼等に配る為の装備や物資集めを担当していたのだ。 


 アーデルハイドが集めた私兵達はソレ・・をここまで輸送、護送する役割も担っていた。私兵達に囲まれるようにして、馬に牽かれた何台もの荷車が姿を現した。



「おお……!」


 誰かが感嘆の吐息を漏らす。そこには大量の鎧兜、剣、槍、そして兵糧などの物資が詰め込まれていたのだ。


「……この短期間でよくここまでの装備や物資を調達出来たものだね。素晴らしいよ、エロイーズ。それにアーデルハイドも、よくこれだけの私兵を集められたね」


 馬から降りた2人にマリウスがお世辞抜きに称賛すると、エロイーズはそっと頭を下げ、アーデルハイドは少し照れくさそうに頬を掻いた。


「勿体無いお言葉でございます。非才を尽くした甲斐がございました」


「わ、私は、エロイーズ殿がある程度予算を融通してくれたので、それで出来ただけの事だ」


 いずれにせよ大役を果たしてくれた事に変わりはない。マリウスは呆気にとられているドニゴール達の方に振り返った。



「さて、これで装備や物資の面も心配はないね。君達さえ良ければこれから早速山賊討伐に向かいたいけど大丈夫かな?」


「あ、ああ……それは構わないが……あんたの同志ってのはみんな女なのか?」


「そうだけど、何か問題が?」


「い、いや、あんたが強いってのは解ったが、その女達はどうなんだ? あんたの愛人・・ってだけで従う気はないぜ?」


 ドニゴールの言葉に他の男達も大多数が頷いた。まあこの時代の男の反応としては妥当である。そして残念ながらこの事態も予測は出来ていた。こういう場合の対処法も既に事前に相談して決めてあった。


 マリウスはソニアの方を振り返った。


「だそうだよ、ソニア? どうしようか?」


「ふん……全く、ケツの穴が小さい奴等ばっかりだねぇ!」


 それまで黙っていたソニアが指の骨を鳴らしながら前に出てきた。女からの侮辱に荒くれ者達が色めき立つ。構わずにソニアは男達を挑発する。


「要はあんたらより強けりゃいいんだろ? 上等だよ。今度はアタシが相手になってやる。腕に覚えがあるって奴は掛かってきな!」


 状況を察したアーデルハイドもそれに乗った。


「うむ。女だからと舐められていてはこれからの作戦行動に支障が出るからな。文句がある者は直々に相手になってやろう。掛かってくるがいい」


「こ、このアマ……生意気な。思い知らせてやる!」


 女から挑発された男達は顔を真っ赤にし、代表で一人ずつ出てきてソニアとアーデルハイドにそれぞれ襲いかかった。


 ソニアは素早い身のこなしで男の腕を掻い潜ると、そのしなやかな脚で思い切り男の股間を蹴り上げた!


「……ッ!」

 前のめりに硬直する男。ソニアは両手で挟み込むように男の髪を掴むと、下から今度はその顎に向かって、飛び上がるようにして全力の膝蹴りを叩き込んだ。


「げはっ!」

 男がもんどり打って倒れ込む。


 アーデルハイドの方はソニア程スムーズには行かなかったが、それでも危なげなく男の攻撃を躱し、一瞬の隙を突いて自分から接近。綺麗な背負投げを決めた!


 受け身も取れずに背中から地面に落下した男は、痛みに呻いて起き上がれなかった。



「さあ、次はどいつだい!?」


 ソニアが大声を張り上げて男達を睥睨すると、彼等は一様に二の足を踏んだ。デモンストレーションは充分だと判断してマリウスは手を叩く。



「ははは、流石はソニア達だ。元締め、これで文句はないでしょう? 彼女らは立派な戦士です。僕が保証します」


「む、むぅ……まあ、いいだろう。……お前ら! 見ての通りだ! とりあえずはこのお人達の言う事に従って動け! いいな!」


 苦虫を噛み潰したようなドニゴールの言葉に、子分達は消極的な同意を示す。まあとりあえずはこれでいいだろう。余り高望みするべきではない。



(さて、いよいよだな……。こんな山賊や無能太守ごときに苦戦するようだったら、到底天下に名乗りを上げるなんて無理だ。この……『戦』が僕達の試金石になる)



 マリウスの目は、近くを見ているようでその実、遥か遠くの情景に向けられているのだった……

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