第二十五幕 建国の戦い(Ⅲ) ~交渉と説得
「さて、それじゃお前さんの用件を聞かせて貰おうか」
二階にあるドニゴールの部屋。奥の机に座る彼と両脇に護衛2人。マリウスの腕なら瞬時に彼等を排除してドニゴールを害する事が可能だ。
それを抑止する為のヴィオレッタ達人質という訳だ。
「これも用件に含まれるから聞きたいんですが、あなたはこの街の太守べセリンと、そして街の現状についてどう思います?」
対面の椅子に腰掛けたマリウスの問いに、ドニゴールの眉が再び上がる。
「お前、太守の回し者か?」
「いえいえ、もちろん違いますよ。むしろその逆です」
「逆?」
「ええ。まあ、今の反応であなたが太守をどう思っているかは大体解りました。であるならば私達は協力し合えるはずです」
「協力だと? お前、他所の太守の配下なのか?」
マリウスは苦笑しながらかぶりを振った。
「それも外れです。私は誰に仕えてもいない浪人です。下の彼女らは私の『同志』なのです」
「ろ、浪人だと? て事は、まさかお前……!?」
「ええ、『旗揚げ』です。この街を拠点にさせて頂こうかと思いまして」
「……!!」
ドニゴールだけでなく、護衛の2人も驚愕している。
「お、お前正気か!? 何だってこんな寂れた街で……。それに何故俺にそんな話をする!?」
「旗揚げをするならその街の有力者に話を通しておくのは当然の事でしょう? ましてその有力者が太守と不仲なら尚更、ね」
「ぬ……」
「それに寂れた辺境の街だからこそ良いんですよ。この街が『寂れた』要因が、太守の失政と山賊達の横行のせいだという事も解っています。ならその両方を取り除いてしまえばいい話ですよね?」
「取り除くだと……? 言うは簡単だ。お前等だけでそんな事が出来ると思ってるのか?」
一転して呆れた様子になるドニゴールだが、マリウスは肩を竦めただけだった。
「流石にそこまで自信過剰じゃありませんよ。だからこそこうしてあなたと話しているのです」
「仮に俺達が協力したって同じだ。俺が今まで何もしてこなかったとでも?」
無能とはいえベセリンはれっきとした太守であり、それなりの兵力も擁している。反乱してみた所で勝ち目は薄く、また仮に成功したとしても、政治や軍事の専門家がいる訳でもないので、早々に立ち行かなくなる事は目に見えている。そうやって自滅していった街はいくつもある。
またドニゴール達も所詮は素人であり、軍隊として組織立った行動も取れないので、山賊討伐など不可能だ。
「それらの問題点を私が解決できると言ったらどうします?」
「何だと? ただの浪人に過ぎないお前がどうやって……」
「私の同志には軍事に長けた者がおります。兵さえあればそこいらの山賊の討伐など容易い事です」
こちらにはガルマニアで実際に山賊討伐で実績を上げてきたアーデルハイドがいる。ドラメレクには遅れを取ったが、あれは色々な意味で例外だ。彼女自身も自省しており、二度と同じ過ちは犯さないだろう。
またヴィオレッタもいる。軍師としての能力はまだマリウスにも未知数だが、これまで接してきた中だけでもその非凡さが窺えるので期待は出来るはずだ。
「兵さえ……? なるほど、だから俺に話を通してきた訳か」
ドニゴールが得心したように頷く。この街は現在隣接する県に積極的に攻勢を仕掛けており、真っ当な働き手達は殆どがベセリンに兵士として徴兵されてしまっているはずだ。まともに募兵をした所で碌に集まらないだろう事は予想がついた。
だが侠客……つまりは筋者達なら話は別だ。軍規を乱す要因にしかならない犯罪者達を徴兵する太守などまずいない。そして元締めであれば少なくとも彼等を呼び集め束ねる事は出来る。
「あいつらに兵士の真似事をさせようってのか? 確かに無駄に体力は有り余ってる奴等だが……集団行動さえ碌に出来ないような連中だぞ?」
そんな連中だからこそ鼻つまみ者になったのだ。だが勿論そのリスクは想定済みだ。
「問題ありませんよ。言う事を聞かない者には、私の
「……!」
『裏』は『表』に比べて、その者個人の単純な強さが評価されやすい社会だ。そしてマリウスは自らの実力がそこいらの筋者に劣るとは一切思っていない。
「だ、だが仮に山賊を倒して、首尾よくベセリンの奴も追い落とせたとしても、その後はどうするつもりだ!? 政治のせの字も知らんような奴ばかりだ。到底街一つ運営してはいけんぞ? それで自滅した街を俺はいくつも知ってる」
ドニゴールが現状に甘んじていた理由にはそれもあった。他の街との戦争で制圧された場合と違い、反乱や簒奪によって空白地となった場合、基本的に旧勢力に仕えていた者は一掃、追放されるのが普通だ。
彼等が反乱した民衆や成り上がった浪人風情を認める事は決してなく、潜在的な反乱分子にしかならないからだ。だから新たに勢力を興そうとする場合は、人材も一から揃えなくてはならない。
しかしそんな人材が市井にゴロゴロいるはずもなく、大抵は既にどこかの勢力に召し抱えられている。余程の人脈が無ければそもそも勢力を一から興す事など出来ないのである。
しかしマリウスは彼独特の価値観で、いとも容易くその条件をクリアしていた。即ち……優秀な
「その点に関しても大丈夫です。我が同志には政治経済の専門家もいます。その者さえいれば、少なくともこの街一つ運営していく分には全く問題ありません。その後は勢力の拡大に合わせて追々整っていく事でしょう」
無論エロイーズの事だ。そもそもが正にこの為に彼女を同志に勧誘したのだ。
「な、何と、そんな仲間まで……」
同志が全員女性だという事を意図的に伏せている為、ドニゴールが感心したように唸る。もうひと押しだ。
「あなた方とて現状を是としている訳では無いでしょう? 私は少なくともベセリンよりはマシな統治をすると約束しますよ。どうせ今のままでは先細りしていくだけ。ならば体力がある内に行動を起こしませんか?」
「むぅ……だが、太守に表立って叛逆するなど相当のリスクだ。失敗したら俺達は今の居場所すら失う」
「その懸念は当然です。だからこそいきなり反乱ではなく、まずは山賊討伐に力を貸して頂きたいのです。それだけなら太守に叛逆した事にはなりません。そこで我等と共に戦って、我等の力が信用に足る物だと判断して頂けたら、改めて力をお借りするという事で。もし
「ぬ……!」
つまり山賊討伐は
今、ドニゴールの頭の中で、そういった損得勘定が渦巻いている事だろう。マリウスは何も言わずに見守った。もう言うべき事は全て言った。ドニゴールが馬鹿でなければこれ以上言葉を重ねる必要なない。
やがて彼が顔を上げた。その目には強い光が宿っていた。
「……いいだろう。ここはお前の口車に乗ってやる。俺達にとってはあの忌々しい山賊どもを討伐できるだけでも儲け物だからな。まずはお手並み拝見と行こうか」
マリウスは心の中で喝采を上げた。これで遂に実行兵力が手に入った。あとはこちらの実力次第だ。対談の流れがほぼヴィオレッタとの打ち合わせ通りに進んだ事で、彼女の能力も増々信用できる物となった。
(これは最初の試練だ。ここを乗り越えれば遂に僕達の『国』が手に入る。見てろよ……。僕は必ず天下に名乗りを上げて見せるぞ……!)
身を焦がす野心に、マリウスは血気に逸るのであった……
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