mish×mash

上原 恵

未明、数多の色煙立ちて【現代ファンタジー】

 曖昧な線引き、例えば未明。

 一番好きな時間帯なの、と祖母に伝えたことがある。

 まだ中学に上がる前だ。その夜は、観測史上稀に見る流星群が綺麗で。二人で大きなブランケットに包まって、マグカップにたっぷり入ったホットココアを飲んでいた。

 翔けていく星が少なくなり、東の空が白み始めてきても眠る気にはなれなくて、変わりゆく空をじっと眺めていた。

 更けて、明けていく。

 グラデーションのような、色と時間。

 明確に表現できない『未明』という言葉。

 その言葉の響きと意味が私は好きだった。私の言葉に祖母は一瞬、目を丸くするとすぐに優しそうに双眸を細めた。

「そうね、おばあちゃんも好きよ」

 同じね、と笑う祖母は可憐な少女にも見えた。

「だから教えてあげるわ」

 秘密を共有する親友みたいに声をひそめて、祖母はそれを音に乗せる。立ち上るココアの湯気がゆらりと反応したーー。


 そんな祖母が空の上に旅立ち、私も大人になった。

 夜と朝の境界、その中でも曖昧な『未明』。何にも染まらない、だからこそ何にでも染められる。

 凛とした空気の傍らには、パチパチと静かに爆ぜる薪の音。焚き火から上る煙へと言う。

「ーー。」

 ゆらゆらとした煙は『色』を持った。次々と言葉をかけていく。

 煙の色は変わる。

 赤に青、橙に紫。

 やがて虹の数に増えるまで、私は煙に魔法をかけていった。

 祖母が遺してくれたのは、未明のほんの僅かな時間にしか使えない魔法だった。代々伝わる魔法のひとつで昔はたくさんの魔法を使えたらしいのだが、血が薄くなっていき使える魔法も減っていったのだという。

 祖母が使えたのは『可視化した水分に色をつける魔法』だった。一緒に流星群を見たいつかの夜に見せてくれた、祖母の唯一の魔法。

 祖母が亡くなって、まるで贈り物が届いたかのように発現した魔法は、また異なる性質のものだった。


『煙に色をつける魔法』


 どうして魔法の性質が変わってしまったのかは分からないけれど、この魔法は私の『唯一』になった。それがたまらなく嬉しい。

「ねえ、おばあちゃん」

 無垢色の時間はあまりにも短い。すぐに朝という確かなものがやってくる。私たちの魔法のリミットだ。数多の色もとけるように消えていってしまう。

「ありがとう、ね」

 感謝の言葉を呟くと、あんなに鮮やかに色づいた煙は瞬く間に元に戻った。大きく伸びをして、私は日常に戻る準備をはじめた。

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