3周年の先へ

あぷちろ

苦労したのは自分ではなく、良子

「ついにここまで来た……」

 思わずそう呟いてしまうほど私にとって、今この瞬間をどれほど待ちわびたことか。

 私が向かう机の上では24型の液晶画面が、自らの分身であるプレイアブルキャラクターを映し出している。

「3周年記念アイテムだっていうのに、条件鬼畜すぎるだろ」

 そう呟いて、私は身体を椅子の背もたれにあずけた。

 そう、今私はとあるMMORPGを遊んでいる。大手のような数十万人規模のゲームではなく、後発の所謂暇つぶしゲーに相当するようなゲームだ。

 ゲームの売りとしては昨今の多人数協力プレイではなく少数精鋭型の……と、話せばキリがなくなってしまうので割愛するが、つまるところ、新進気鋭のゲームのイベントを現在進行形でプレイしているという事である。

「1年間自キャラを1歩ずつ無限迷宮内で動かし続けるとか、解析でもしなけりゃだれもクリアできんだろ」

 2周年イベント終了から365日、特定エリアで毎日休むことなく自分のキャラクターを1歩だけずつ動かし続ける。それが3周年記念、イベントに於けるクリア方法であった。

 例に漏れず、このゲーム自体もマクロやBOTの使用を禁止しているので、実質的にはクリア不可である。

 私はこのイベントを発見したのは偶然であった。たまたま運営が誰も居ないであろうエリアで(私が居たのだが)テスト試行したであろうチャットにその情報が載ってあったのだ。

 最初は会社の愚痴から始まり、次にそのうっぷんをゲームにぶつけてやろうという話にになり、そして3周年記念イベントの情報を残してそのチャットは終了していた。勿論、ログはないし、だれかに言った所で誰も信じてはくれないだろうが。いや、そもそもたった一つのレアアイテムを手に入れられるチャンスだというのにそれを他人に漏らしてふいにする馬鹿はいるだろうか? いいや、いない。

 それから私は急いでマクロやBOTに頼らない物理入力ができる機器を作り(幸い、電子工作の経験があったのですぐに作成出来た)、給電不足による不意の失敗を防ぐ為に新たなパソコンとバッテリーを購入し……そして今に至るのだ。

 今も自作の工作機器がキャラクターを該当エリア内で1歩ずつ動かしている。

「いやはや、我ながらこんなのマジでやる気になったと思う」

 時間と金を持て余した社会人の宿命というものだろうか。ちなみに、本筋のゲームプレイではセカンドキャラで毎日遊んでいる。

「さて、あと数分だな」

 私は画面に映る、代わり映えのしない迷宮の映像を眺める。無限迷宮はその名の通り、終わりのない迷宮で、特定のコマンドを入力するか特定のアイテムを使用しなければ、死亡以外では抜け出せない仕様となっている。

 その中で我が愛しのプレイキャラ、ロミエル女史――職業は風俗学者――はいまも1歩ずつしっかりとした足取りで迷宮内を進んでいる。

 あと10秒……。あと10秒で365日の苦労が報われる。連続タップ装置、良子……頑張ったな。

 パソコン画面の時刻表示が12:00に切り替わるのとほぼ同時に、画面上に変化が訪れた。

 一面、暗い石壁だったのが唐突に湖畔の映像となり、自キャラクターが画面上から消えたのだ。

「うぉっ!?」

 私は驚き、画面に食らいつく。

 クエストクリアの文字も、何もなく、ただ湖畔の映像が広がっている。

「……徒労でした。ってオチじゃないよな?」

 そこで何故か私はマウスやキーボードを使ってキャラクターを動かすよりも先に、自分の指で画面に触れた。

 豆腐に指を突っ込んだような感触の後、指先が画面の中へと吸い込まれる。

「……ななななっ!?」

 私は慌てて手を引く。手を開いたり閉じたりするが、外傷もなにもない。

 はい。息を吸ってー、ご唱和ください。

「ナンジャコリャーーーー!!」

 こうして、私は一風変わった3周年記念アイテムを手にしたのだ。





おわり

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