2021.2.1~2021.2.15
昭和○年、平成△年……今では肩書き付きの面々が、ぶかぶかなスーツの下で窮屈そうにしている。その一文字一文字に込められた思いに当てられて、履歴書を処分するときは妙な罪悪感に襲われてしまう。振り払って、一気にシュレッダーに押し込む。繊維質の断末魔を残して、過去は塵になる。
(2021.2.1)
硝煙。瓦礫。血。肉。引き裂かれた大地の上で、僕たちは出会った。愛しい故郷を取り戻すため、二人は繋いだ手を離した。
時が流れ、僕たちは再び出会った――互いに敵対する立場で。僕は後悔する。あの時、手を繋いだまま、絶望に呑まれればよかったのか……引鉄に掛けた指が、まだ絞れない。
(2021.2.2)
先人曰く「撒き終へし福豆は残さず食ひたまへ。させずは、豆は“魔滅”より“魔芽”になりぬ」。
いま、食われるを逃れたひと粒がソファの下で囁いている。やがて一匹の鼠がそれを飲み込んだ。鼠は膨れた腹で塒に戻る。抜け落ちる体毛に気づかず、角のように変形していく背骨にも気づかず……。
(2021.2.3)
「あたし、高校教師になるわ」
「何よいきなり」
「よくない?」
「似合わん」
「なんでよー」
「子ども好きだっけ?」
「ううん。でもよくない?成績で悩んでる男子生徒に寄り添ってさ、先生が教えてあげる♡みたいな」
「あげる♡じゃねえよ。それが仕事だわ」
嗚呼、この無為、青春。
(2021.2.4)
かつては、音の手触りを感じることができた。それだけならば単純に共感覚で済むものだっただろう。しかし私は違った。音を聞き、手の中に立ち現れた感覚は形を伴い具現化し、自在に扱うことができたのだ。その力を失って久しいが、善悪の分別がつくうちに手放して良かったと思っている。
(2021.2.5)
新しい仕官先の殿様は、民草に腰抜けと噂されていた。人を斬るのが厭だという。しかし家来の間には緊張が漂っている。上も下もか――そうした油断が失敗を招いた。弁明の暇もなく、
「首を刎ねよ」
私は思わず問うた。
「殺生は、お嫌いでは」
殿様は鼻で嗤い、
「己で斬るのが厭なだけよ」
(2021.2.6)
町外れにあるクレーターは、隕石が落ちた跡と言われている。その外周には不可視の“壁”があり先には進めない。中心部では棒のような生き物が動いているのが見える。住民には彼ら“外から来たもの”への対処マニュアルが渡されている。彼らは自由に出入りができ、住民に接触してくるからだ。
(2021.2.7)
ぎらぎらと輝く湖面は怠惰な自分を責めているようで、知らず歩みを逸らす。おあつらえ向きに背を向けたベンチがあり、乱暴に腰を下ろした。職探しもせず、真っ昼間からぶらついているからそんな錯覚を起こすのだ。照り返しが首筋を焼く。お天道様どころか、その影にすら顔向けできない。
(2021.2.8)
久々に見る母校のグラウンドは小さかった。無理もない、卒業してから半世紀は経つのだから。あのころ、恋も知らずに駆け回っていた日々、シューズで踏んだ砂はまだここにあるのだろうか。歳を取るにつれ、自分が生きた跡を探してしまうようになった。終活は始まっているのかもしれない。
(2021.2.9)
奇跡的に射止めたクラスのマドンナ。男どもの羨望を浴びて、気分はすっかり有頂天だった。しかし舞い上がった気持ちは、最悪の欠点の発覚で霧消した。
料理がマズすぎるのだ。
何を作っても、かんなくずで作ったコールスローみたいになってしまう。なあ神さま、こんな仕打ちってないぜ!
(2021.2.10)
ついに完成したワクチンは富裕層から接種されることになった。医師は説明する。
「製造上、品質差があります。しかしお気持ち次第では、高品質が入っている確率が高い箱からお選びいただけます」
富裕層はこぞって金を積んだ。医師はほくそ笑む。
(これで残る人々には無料で接種できるぞ)
(2021.2.11)
緊迫続く隣国との戦に、グレン卿が呼ばれた。彼は単身敵地に乗り込み交渉、終戦をもたらした。
「さすがは騎士の中の騎士、見事だ」
王は称賛の言葉を贈る。
「いえ、最後にひと仕事」
卿の身体が旋風のように動き、腰から抜き打たれた一閃が大臣の首を飛ばした。
「奸臣への罰をもって」
(2021.2.12)
行きつけのバーには有名なキープボトルがある。急死した常連のためのもので、置くとひと月ほどで空になるのだ。ずっと来てくださるんですとマスターは言う。頷きながら私は“視る”。ボトル棚に取りついて、中身を啜るその人を。かたちを失くしながらも、愛した場所に通い続けるその人を。
(2021.2.13)
今年も丹精込めて作ったチョコレートを夫に渡す。夫は嬉しそうに笑っている。黒い額縁の中で、あの時のままの姿で。変わりゆく私、留まり続けるあなた。釣り合わない愛は、これもひとつの片想いなのかしら。いつかそっちに行ったら、ホワイトデーのお返しをたっぷりしてもらわなくちゃ。
(2021.2.14)
恋と呼ぶには幼くて
愛と呼ぶには重すぎる
募る想いは独りで燃えて
燃えて燃え尽き灰になる
それで済んどきゃいいものを
捨てるに惜しいと欲を出し
狗より頭を地べたに垂らし
舐めて啜って喰らいつく
灰は胃の腑でよみがえり
再び茫と燃え上がる
そんな愚かな僕たちは
醜い醜い不死鳥だ。
(2021.2.15)
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