2021.1.16~2021.1.31

 最後のマークシートが埋まる。吐いた息が震えた。第一志望、行けそうだ。

 と、

「これは!」

 突然、隣に老人が現れた。

「え?」

 老人は回答用紙を掲げ、

「この黒印の配列はまさに、救世の勇者の証!さあ、参られい!」

 老人は俺を掴むと、謎の空間に飛び込んだ。ちょっ、第一志望は!?

 (2021.1.16)



 商売女に恋するなんて馬鹿だというけど、商売女が恋するのもやっぱり馬鹿なんだろうか。初めてだと言って、戸惑いながらも楽しんでくれた、あの人。もしかしたら一期一会、二度と叶わぬ逢瀬。だから再会を待つのではなく、不埒な私はどうでもいい客たちに記憶を被せ、自慰に耽っている。

 (2021.1.17)



 子供が巣立っていく。親らしいことなんて、ほとんどできなかった……だけど、親らしいことって何だろう。褒めること?叱ること?そんなの他人でもできる。親にしかできないことなんて、本当はないのかもしれない。しょげかけた心は、

「今までありがとう」

 どうでもよくなってしまうのだ。

 (2021.1.18)



 報道で新しい情報が出るたびに意見を変える人がいる。それ自体、いい加減とか芯が通っていないとかは思わない。柔軟である証拠だし、固執するほうが良くないと思う。注意すべきは、己の意見に損益が絡む場合だ。商売道具にするのであれば、そこのところをわきまえて。取り扱いは慎重に。

 (2021.1.19)



 腹の子が動くのは、いつも黄昏時だ。ぽんと、ひと蹴り。その響きが、底知れぬ不安を運んでくる。待望の第一子だ、嬉しくないわけがない。ないが、あの響きが身の内を揺らすと、現実的なあれこれが喉を締め付けてくるのだ。赤く染まった部屋で、独り腹を撫でる。

「母ちゃん、頑張るから」

 (2021.1.20)



 私は異常なほどに興奮していた。友人の長編小説は抜群な面白さだったのだ。惜しみない賛辞に友人は頷くと、原稿を掴み、暖炉に放った。

「な、何してんだよ!?」

「お前に読んでもらえて満足だ。そのうち、新しいの書くからな」

 ほほえむ彼を見て感じたのは、期待より前に、おぞけだった。

 (2021.1.21)



 リビングに、トルソーが四つ。赤青黄緑―それぞれ、父母兄姉。世間に何と言われようと、男にとってはそれが真実だった。しかし心ない人間が彼の真実を破壊した。粉々にされたトルソー。男が壊れたのはこのときだった。彼は新しい家族を求めた。

 今度は人間の。

 前の家族と同じ形をした……。

 (2021.1.22)



 リモート会議。分割された画面の中央で、部長が熱弁をふるっている。取り囲む顔は、みな蒼白だ。涙目の人も。ヘコんでいるのではない、気づいているのだ。さっきから真っ黒い毛玉みたいなものが、部長の背後からこちらを覗き込んでいる。退職しよう。あれが何かは知らないが――そう思った。

 (2021.1.23)



 侍が三人、砂浜で事切れている。いずれも筋骨逞しく、並みの手練れではない。その命を奪ったのは、傍らに転がる脇差のひと振り。下手人の姿はすでにない。立ち去る足跡は奇妙にも、右足だけ。左足が着くべき位置には、拳大の窪みが穿たれている。

 物語の幕開けには、相応しい光景だった。

 (2021.1.24)



 私の生い立ちを聞いた占い師は、厳かな口調で未来を告げる。うんうんと頷いて、

「さっき話したこと、全部嘘なんです」

 この瞬間の占い師の顔と言ったら!しかしごくまれに、

「あなた、私を欺きに来ましたね?」

 勘の良いやつもいるのだ。私は素直に詫び、話し始める……嘘の生い立ちを。

 (2021.1.25)



 悲惨、不憫……女の一生は暗い言葉に彩られていた。女は神に祈った。

 (どうして私はこんなに不幸なの?一度でいいから、幸せというものを味わってみたい……)

 突然、毛むくじゃらの腕が女の顎を掴んだ。目の前には円光を背負う老人が。

「思い上がるなよ。この程度で」

 老人は、そう凄んだ。

 (2021.1.26)



 敬虔な信徒であった女は、その生涯を他人のために費やした。己の苦しみと引き換えに多くの人々を救い、満ち足りた気持ちで最期を迎えた。

 しかし、目覚めた女は地獄にいた。

「どうしてなの!?」

 悪魔は悲しげな顔で、

「お察しするぜ。でもあきらめな。神さまがお決めになったことだ」

 (2021.1.27)



 あの場所で出会った皆様へ。

 私が通わなくなって随分と経ちますが、お変わりありませんか。私はいつもどおりです。ただ、心を握って耐える日々を送っています。

 わがままを許してもらえるなら、いつかまた会えたときには、笑顔で迎えていただけたらと思います。

 どうか、ご自愛ください。

 (2021.1.28)



 上物の地酒が台無しだった。酌にあてがわれたのは、ようやく十になろうかという童。厚く塗った紅が、幼い顔にちぐはぐだ。

「他のはおらんのか。お前のような青臭い餓鬼、酒がまずくなるわ」

 罵ると童は笑って、

「あたしはとっくに熟れてますよ」

 べろりと、紅より赤い舌が唇を這った。

 (2021.1.29)



 パートナーの気持ちが分からなくなった。何をしたら喜ぶのか……善かれと思ってしたことが裏目に出て、機嫌を損ねるばかり。苦しくなった私は別れを切り出した。パートナーは静かに聞き入れた。その目には大粒の涙が。

「先に、言い出されちゃったなぁ…」

 ああ、この人も苦しかったのか。

 (2021.1.30)



 汚れていた愛車は見違えるほどにピカピカだ。さすがは達人、山之辺やまのべさんの仕事である。

「ありがとう。スッキリしたよ」

「どういたしまして!」

 年々、手洗いを頼む客は減っているらしい。私は彼の笑顔が好きだ。だからその荒れた掌にしかできない仕事を、これからも頼み続けようと思う。

 (2021.1.31)

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