2020.11.16~2020.11.30

 世界を股にかける凄腕スパイ。悪党どもをぶっ潰し、美女との甘いアバンチュール……は、ある小説家の妄想だ。彼は今、昏睡状態で脳波を文字化されている。

「何だか哀れですね」担当と編集長は言葉を交わす。

「仕方ないさ、寝てたほうが売れるものを書くんだから。お、原稿が上がったぞ」

(2020.11.16)



 新人が全力を費やした改革案には、会社の瑕疵がつぶさに綴られていた。その眼力よりも社内秩序を優先した私は、全面修正を命じた。骨の抜けた新案が採用され、平穏は保たれた。その日から新人は言われたことしかしなくなり、やがて退職した。あの改革案はパソコンから消し去られていた。

(2020.11.17)



 私は秋を厭う。街路樹揺れる大通りが、葉を散らし、墓標の並ぶ霊場へと姿を変える。そのおぞましい景色の中を、人々はうかれた表情で落ち葉を踏みつけながら歩き回っている。にじられた葉脈から漂うは乾いた死の臭いだ。部屋に籠り手を擦りながら、私はこの黒く冷たい季節を厭うている。

(2020.11.18)



「何よこれ、まずい!」

 静かなカフェに客の怒鳴り声が響く。他の客は驚き、同時に首を傾げる。

(こんなに美味しいのに……)

 お代を断った店員を罵倒し、不機嫌なまま店を出ていく客。その後ろを黒服の男がつけていく。彼はNASAの調査員。この店の料理は、宇宙人にだけまずく感じるらしい。

(2020.11.19)



 友達の家に遊びに行くのが苦手だった。それは臭いのせいだ。畳や座布団に染み込んだ、人間あるいは動物の皮脂。お前は異物だと言わんばかりに、鼻腔を強く刺してくる。友達との会話に集中できない。遊ぶことも儘ならない。私は愚鈍と思われ、格好の標的となる。臭いが、全てこの臭いが。

(2020.11.20)



 星の名残がしんと肌を刺す朝を、あなたと迎えられることがうれしい。恥じらいにぎこちなくなる態度も、かわいくて仕方がない。ベッドを出て、身支度を始める横顔を陽が照らす。浮かび上がる黄金色の幸せは理想でも幻でもなく、この手が届く場所にある。切りつけるような冬も怖くはない。

(2020.11.21)



 連休は泊まりがけの旅行に出かけることが多い。町を眺め、食を楽しみ、湯に浸かる…慌ただしい日常で凝り固まった身体をほぐすのだ。そんな私は、旅先でみやげ物を買わない。置物とか服とかだ。特別を味わうため、日常に非日常は混ぜない、これが私のこだわりである。(注:食べ物は別です)

(2020.11.22)



 悠久の時を過ごす神さまの手慰みは、天を編むことです。星々の光を結び合わせ、銀河を編み上げるのです。神さまでも根気のいる作業ですから、ときどき手を休めるために“止め”を作ります。そこにはふしぎなゆらぎが生まれ、知性ある生き物はそれを恋だの愛だの縁だのと呼ぶらしいのです。

(2020.11.23)



 隣の部屋から声がする。やかましい。腹立ちまぎれに壁を殴ったら、ぼろりと崩れて穴が開いた。ぎょっとしたのは、隣の男も同じように壁を壊していたからだ。

 おかしい……よく見れば、これは俺の部屋だ。

 男は、俺だ。

(なら、俺の後ろには……)

 手鏡を背後に向ける。


 見なければよかった。

(2020.11.24)



 半鐘が聞こえる。火事だ。近い。そういえば、障子に透ける夜が仄明るいように思える……そこまで考えても、久太きゅうたは寝床から出ようとしなかった。生きることが面倒になっていた。このまま焼け死んでもいいと思った。焼死は苦しいだろう。想像してみて――何も浮かばず、久太は再び眠りに落ちた。

(2020.11.25)



 信頼を築くには長い時間がかかるが、崩すのは一瞬である――普通はそうだが、私は違う。崩そうにも崩せないのだ。致命的といえる失敗をしてもなぜか相手が慮り、丸く収まってしまう。羨ましいと思いますか?とんでもない。私はいま、切ろうにも切れない人間関係で溺れてしまいそうなんです。

(2020.11.26)



 ある科学者が伝承から良いところだけを選りすぐり、“神”を作った。人を虐げず苦難から救う“神”は世界中で崇拝され、一大一派が誕生した。

 面白くないのは科学者だ。

「俺が作ったんだ。なのに誰も俺を崇めようとしない。見てろよ……」

 彼はファイルを開く。

 タイトルは『悪魔の設計図』。

(2020.11.27)



 ヘアピンを直す娘のしぐさに女を見る。首を傾げる角度。どこを見るでもない視線。一つの無意識な魅力は、百万の人工的な媚に勝るのだ。貴女はまだその価値を知らない。いつか涎もあらわな雄どもに集られる日が来るだろう。貴女はその中から、本当に価値が分かる雄だけをモノにしなさい。

(2020.11.28)



 才能の有無でスタートが違うのは不平等だ――世論を受けて、政府は才能を測定し、それに応じてペナルティを課す制度を導入した。しかし“本物”の才能にはいくら枷をつけようとも妨げになるものではない。逆に炙り出された“半端者”が最底辺に追いやられ、不満の高まりと共に制度は廃止された。

(2020.11.29)



 使うだけ使って捨てた男を見返したくて、私は必死で自分を磨いた。才知と美貌を手に入れた今、この世界はカネとモノとオトコに満ちた。勝ち誇る私は、ふと姿見に映った自分と目が合う。そこにいるのは、私じゃなくなった私。幸せという言葉が脳内で破裂して、目尻を焼きながら溢れ出る。

(2020.11.30)

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