比較検証

 まずは、2番目に作成したシンプルダンジョンを、もう一度確認しよう。ほとんど拡大しない状態でレンズのツマミをねじると、枝分かれが少ないダンジョンの全景が、左眼に像を結んだ。枝先に部屋らしき空間がなく、罠や扉の類もない。つるりとした廊下の中を、ネコウミウシだけがのたのた歩いていた。

 そう、ネコウミウシだ。

 てっきり最初のダンジョンにしか居ないものと思い込んでいたが、2つ目のダンジョンにも、彼らはしっかり生息していた。相変わらずほとんどが白い体毛だが、ひとつだけ違っている点は、彼らの多くが癖っ毛だということだ。まるでモルモットみたいに、背中の毛がくるりとカールしている。それ以外は、耳状の突起も、目がないところも、丸々最初のダンジョンと似ている。

 やっぱり、どれだけ目を凝らしても、ネコウミウシ以外の生き物は見当たらない。ネコボールもハコガカリも、このダンジョンには住めないのだろうか。

 観察ビンを置いて、唐揚げをひと口。ショーショーの鼻先が唐揚げに近づくのを、そっと押し留めるのも忘れずに、じゅわりとした肉汁を堪能する。

 2つめのダンジョンに入っているのは、SW-1と2、LS、WW。そのうち最も量が多いSWがダンジョンの壁材ではないだろうかと推測してみる。文字もストーンウォールの略語っぽいし。

 あと、どうみても特別な見た目だった白い鞘、LS。これだけは説明書に記載があった。あそこから掻き出したつぶつぶの種子は、生き物の元になるという。何がどうなってネコウミウシみたいな生物が生じるのかまでは書かれていなかったので、これまた歯がゆい感じがする説明だったが、コイツを入れることで生き物がそこに住むことになるのは、間違いないようだ。

 そして、WWについてはーーどんな役割をはたしているのか、まるでわからなかった。見た目が輪っかでしかないし、まるで、わっかんない。輪っかだけにまるで、わっかんない。

 …………。


 気を取り直して、本命の3つ目を目の前に掲げる。ピントが微妙にズレているので、調整。レンズの操作にも随分と慣れてきたんじゃないかと、自画自賛してみる。

 影が目の前を走り抜ける。素早さにGを思い起こして鳥肌がたったが、その生き物ももふもふで、肩から力が抜ける。

 そいつはパッと見、ネコボールと姿が似ていた。ただし、身体は角ばった多面体で、4対8本の脚がまるで蜘蛛のように生えている。すそそ、と軽快な足さばきでターンすると、そいつはダッシュでダンジョンの奥に消えていった。

 もふもふだったから、まるでハエトリグモみたいな印象だった。耳があるからネコトリグモ……いや、それじゃあ変な意味になるから、ネコグモか。

 捕食者的なフォルムだったし、ネコウミウシより強そうだな、と考えていると、こんどは白くて細長いシルエットが近づいてきた。

 今度こそネコウミウシーーいや、ちがう。

 あいつらはのそのそ動くのだ。あんな、伸びたり縮んだりアグレッシブに身体を動かすのを見たことない。そいつはあっという間に眼前の広間まで到達すると、身体をバネにシャクトリムシの要領でシャックリシャックリ眼前を横切っていった。やっぱり猫耳があるから、シャクトリネコかな。

 ここはダンジョン内の交通要所と言うべき十字路のようだ。右から、左から、おなじようにネコグモやシャクトリネコが現れては消えていく。彼らがこのダンジョンの主要な住人らしい。

 何だか、忙しなく動く連中ばかりのようだな。

 ビンを持つ手をほんの少しひねって周囲を見渡す。2つ目のダンジョンほどでは無いが、通路が多い。いくつか部屋があるけど、隠し部屋が見当たらない。見た目に変化のある部屋は、池のある部屋がひとつと、祭壇部屋がひとつ。

 そう言えば、1個目のダンジョンにも、池のある部屋がひとつ、祭壇の部屋がひとつあった。他の部屋がのっぺりした空間に時々宝箱が配置されてるだけなので、ちょっと気になる。

 もう一度、3個目のダンジョンに入れたものを思い出してみよう。「適量」がWD、TC、GC、WTの4つ。「任意」で中身を入れるか入れないかを決めたのが、HFとAC。部屋の設備なんかはオールオアナッシングだろうから、池の部屋と祭壇部屋は、HFとACの存在が怪しいように思う。まあ、現時点では何も言えないし、正解を知るすべも今のところないのだけれど。

 3個目のダンジョンで他に目に付く事は、宝箱や罠、部屋の入口をふさぐ扉の少なさだろうか。何だか、1個目のダンジョンより設置数が疎らなのだ。2個目のダンジョンには罠も宝箱も扉も部屋も全く無かったから、多分、入れたものの影響が出ているはずだ。

 うーむとうなりつつ、祭壇部屋に視線を戻すと、その中にはとんでもないものがいた。ヌルッとした半透明の触手が疎らに生えて、空中をぬるぬる動いてる楕円体の、何か。

 そいつが1匹、まるで天を指すように触手を振り上げると、祭壇からもう1匹が現れた。見た目から連想するのは、大腸菌の顕微鏡写真だ。あいつが動き出したらこんな感じになるのかな?

 そのまんまダイチョウキンと呼ぶことにしたそいつは、触手ーー繊毛って呼ぶんだっけーーを不定期にデロンデロン振って、空中を掻き回してる。

 私はほぅと息を吐いて、ハイボールを啜った。

 3つ目のダンジョンは、生き物のキモさが増してるが、動きがあって良い。説明書に言う『お好み』とは、この辺のさじ加減だろうか。WD、TC、GC、WTを減らすと、生き物がキモくてシャキシャキ動くようになるとか? うーん、試行錯誤が大変そうだ。法則をまとめた資料があるなら見たいところだ。

 なお、悲しいことに、ウェブからはダンジョンの育成に関する情報を見つけることが出来なかった。「ダンジョン」「育成」とか「ダンジョン」「飼い方」でググっても、ゲームか小説の記事しかヒットしないのだから、仕方ない。

 手探りで少しずつやっていく以外、私にはいい案が思いつかないんだ。

 気を取り直して、ダンジョンの生成とオプション袋の投入について、考えてみよう。

 まず、オプションを入れないのは論外。2つ目の寂しいダンジョンを見ると、もっと色々入れるべきだったと、申し訳なくなる。強く生きておくれ、毛がカールしたネコウミウシよ。

 そして、最初のダンジョンから推測できるのは、オプションをたっぷり入れると、住人がおっとりした生き物になるという仮説だ。充実した設備に囲まれて怠惰になっていく現代人みたいなイメージだ。

 そこである程度、オプション品を絞り込んで適度な環境とやらを作れば、中の生き物はキモくなる代わりに、生き生きしだす。何といってもダンジョンだ。モンスターはキモくてナンボだと思うならオプションを少な目にすれば良いし、ホンワカしたいなら多めに入れればいい、ってことなのだろう。

 唐揚げ。ハイボール。そして唐揚げ。

 ダンジョンの調整にはもっと奥がありそうだ。今はまだ生息する生き物もバリエーションが似通っている。このバリエーションをばらけさせる手段はあるのだろうか?

 ネコウミウシのうにうにした尻尾を見ながら考え込んでいたせいで、反応が遅れた。

 いつの間にか、平凡な顔つきの黒髪の男がひとり、1個目のダンジョンの入り口からゆらりと入り込んでいた。

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