星の駄菓子屋ステラ

ぜろ

第1話

(やっぱ……)

 私は他には迷惑な突発ウィンカーで路地に入る。すると相手も付いてきた。バイクは小回りが良いけれど脚がちょっと遅いのが難点だ。雨の日だととくに、スリップにも気を付けなきゃならない。おまけに今日の商品は客の肝入りだ。バイク便としては即時速達だけれど、この追手は振り切っておかないと後で禍根を残すことになりそうで嫌だ。

 薄い紙一枚入っただけの封筒を私の前で封して見せて、どうか願いしますと頼み込んできた老人は、百合籠財閥の傍系で海運業をやってる百合籠弐遠氏だった。お得意様にして悪いことはないだろう。そのためにはまずこの追手をどうにかしないと安全に相手に渡すことが出来ない。でも本当にこの住所出会ってるんだろうか? ちょっと疑問に思ってる間に追い抜かれてライダースジャケットが嫌な音を立てる。相手は男。しかもはかなり良いガタイをしている。今の私で敵うだろうか、ちょっと疑問だ。昔はやんちゃしてたけど、今は手ぶらだし。守るべきものがあるだけの、手ぶらだし。

「よぉ姉ちゃん」

 フルフェイスのヘルメットでも、ライダースは身体のラインを出すからこっちが女なのはバレバレだろう。

「その封筒、こっちに渡してくれたらなんもしねーでやるぜ」

 それでも。

 そこまで落ちてないのが私だ。

 ギアをチェンジしてUターン、一気に背を向ける。勿論後ろは詰められていたけれど、それを避けて行くのなんてチキンランで鳴らした私には簡単なことたった。どっちに行くか。正道か横道か。考える間もなく横道に入ると、狭くてバイクなんか一台しか通れないような道になる。これで後ろはわちゃわちゃ言わせられるけれど、前が問題だった。先回りされてたらジ・エンドも良いところ。エンジンを吹かす音が煩くて周りの音も解らないけれど、後続は完全に引き切ったとみて良いだろう。あとは前だけど――

(やばいっ)

 やっぱり先回りされて車影が見えた。万事休すかよ畜生、思わず昔の癖で口汚く毒づくと、その影が――


 振っ飛んでいった。

 そして私は目的地にたどり着く。

 最初は『か』を入れ忘れたのかと思っていた、濃い青の看板に。

 『駄菓子屋すてら』。

 その前で、金髪碧眼に黄色の着流し、手には赤い番傘を持った男の人が、立っていた。


「まったく店の前で騒がないで欲しいねえ、こっちは荷物待ちだしあんまり煩いのは苦手なんだよ。今度うちの前を煩くしたら、番傘じゃすまない物をぶつけるよ」

「ひっひいい!」

 どうやらバイクで番傘に突進したらしいリーダー格のマッチョは、自分のバイクに潰されている。それを仲間たちが一生懸命起こしていた。仲間意識はあるのか、なんて思いながら足はエンジンを切って安全靴を地面につけ、そっと、そろーっと場に顔を出す。すると碧眼のお兄さんは私の方を見て、にっこり笑った。

「モノクロ山羊バイクの人だね?」

「は、はい」

「話は電話で聞いているから、荷物をこちらによこしてもらえるかな?」

 私は慌てて背負っていたA4サイズの鞄に手を掛ける。すると悶えていたリーダー格の男が執念を尽くして私に手を伸ばしてきた。

 思わずバイクから退くと、まだ熱いエンジンがその腕を潰す。

「ぎゃあああああああ!」

 バイクの重量と熱でまた手下に起こされた彼は、流石に仲間たちの判断だろう、病院に連れていかれたらしかった。

「結構なお手前で」

 くす、と涼やかに笑ったお兄さんは私に手を出してくる。異様に日本語は上手いけれど、外人さんだろう。二十歳を過ぎると昔は金髪だった子役も茶色っぽく髪色が変わってしまうものだけど、お兄さんは子供みたいな金髪そのものだった。腕も白いし、あんまり外に出ない人なのかもしれない。

「えっと、一応確認致します。駄菓子屋すてらの保志エトワールさん……で、間違いございませんか?」

「ええ、僕ですよ」

「サインか判子おねがいします」

「じゃあ判子を」

 ぽん、と押されたそれには、窮屈そうに『保志エトワール』と刻まれていた。

「おや偶然」

 私のネームタックも保志だったから、それを見たのだろう。しかし何人だこの人。エトワールって何語? 宝塚歌劇団?

「お姉さんの名前は何と言うのかな?」

「保志……保志香苗、です」

「綺麗な花になりそうないい名前じゃないか。隠しているのが勿体ないほどだね」

 言われてびくりと私は晴れ始めた雨に身体を震わせる。

「な、んで、隠してるって」

「タックの幅からしてフルネームが入るタイプだろう、その名札。それにちょっと膨れているから畳んでいるのかとね。なんてことない推理ごっこさ。さてと、早いところ君を開放するためにもさっさと謎は解いてしまうに限るね」

 バイクを起こして店の前に駐車すると、車一台やっと通れるぐらいの車幅が残った。確かにこれは邪魔そうだ。思いながら私はなんとなく店内に入ってみる。

 そこは星空のようだった。

「わあっ」

 思わず声を上げたのは仕方ないだろう。だって見る限りが金平糖の山だった。あっちの棚もこっちの棚も、シャベルで掬い取って量り売りができるようになっている。白、赤、青、ピンク、紫、赤、もっと細分化できるだろう色が店中に広がっているのがヘルメット越しでも解る。お情けのようにおいてある普通の駄菓子も、懐かしくて良い物ばかりだった。十円のコーラガムを二つ手に取ると、封筒を銀のレターナイフで開けていたエトワールさんは二十円とこっちを見ずに答える。私はバッグに入れていた自分の財布から十円玉を二枚選び、ちゃりんっと音を鳴らしながら番台に置いた。よく見ると奥は座敷になっているらしい。そこに座って、エトワールさんはあの一枚の紙を取り出した。


 私も見たけれど、良く解らなかった、手書きの数字がずらずらと書かれているだけの便箋。

 ふむ、とエトワールさんは笑う。

「ご老人たちの好きそうな謎だ」


 そうして私に背を向け、押し入れの方に向かう。まさか寝るんだろうか、布団敷いて。一休み一休みってやつ?

 それから彼は私の方を振り向いて、にっこり笑う。

「届けてもらうのに手間を掛けたようだからね、君も一緒に来るかい?」

「へ? って、どこへ」

「ここへさ」


 押し入れのドアを開けるとそこは、暗い路地だった。

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