貴方を満たす五臓六腑 11

 この学校に、お茶会なんている奇矯な伝統があったなんて――ハーツはため息をついて、階段の上からグラウンドを駆け回るクラスメイトを見つめていた。今日は男子がフットボール、女子はバレーだ。白と茶のボールが交互に描く放物線を目で追いながら、ぼんやりと今後のことを考える。

 別にパーティ用の服が一枚しかないことや、人よりも傷の多いローファーを履いてお茶会に参加することが嫌な訳ではない。

 ハーツが一番気にしているのは、ブラッドがそのお茶会に毎回付き合ってくれていることだった。夜遅くまで仕事をして帰ってから、僅かな仮眠の後に朝一でスーツを着込みボディガードの振りをしてハーツに付き添ってくれる。

 本人曰く仮眠で十分、とのことだが戦争で培った数分単位の細切れ睡眠法が三十路に手が届きつつあるブラッドの身体にとても良いとは思えない。そのせいで本業の戦闘屋(バトラー)の方に影響が出たらと目も当てられないと、ハーツは心配していた。

「よし」

 声に出してハーツは決意する。次からはお茶会の誘いは相手を選ぶようにしよう。

 ブラッドからすれば、リリオ・デルにいるであろうハーツのネクター臓器移植者の情報を少しでも得るために、全てのお茶会に参加しろというだろうが、昼に人工臓器補綴剤を飲んでいる者達は基本的にシロだ。だから彼等がホストのお茶会にまで頑なに参加しなくていいとハーツは考えていた。

 もともと自分は将来を見越して彼等彼女達と蜜月の関係を築かなければいけないわけではないのだから。

 忘れるな。ハーツはそう戒める。つい初めての学校生活に浸っていると御座なりになってしまう、ハーツの本当の目的。腑分けされた自分の内臓を回収し――そして借りている心臓をブラッドに返すこと。ネクター臓器を追えば、いつかそれに辿り着くはず。

 彼等クラスメイトは良き友達だ。そしてそれと同時に皆疑うべき相手だ。

「だけど、楽しすぎて、つい忘れちゃうな――」

 その時丁度ボールを持って走るリブが目に入る。彼は相対する敵を狐のごとくしなやかな身のこなしで躱し、ゴールポストを超えて点を決めた。

「ナイッシュー!」

 思わず声をあげると、リブが大きく右手を掲げて応じた。思わず手を振る。

 その時、温度の無い声が、ハーツの耳朶を打った。

「――あいつを、あんまり信用しない方が良い」

 はっと顔を上げると、イザームがハーツを見下ろしていた。彼の小さく薄い身体から出るのに相応しい、掠れるように小さく、淡々とした声だった。

「リブのこと?」

「あいつはこの学校生活を自分の出世の足掛かりにしか考えてない」

 仲間に囲まれて肩を叩かれ、屈託なく笑っていたリブがちらりと二人に視線をやった。

「それは、通っている皆そうなんじゃないの?僕には少なくともそう見えるよ」

 先日参加したお茶会システムが全てを物語っている。上流階級の子供同士が交流を深め将来のための地盤を固めておく。このリリオ・デルという学園自体が、人脈作りのための大きなボードゲームとしても機能しているのは明白だ。

「…………」

 ハーツの大きな瞳が、黙りこくって立ち尽くすイザームを映す。彼はぎゅっと拳を握りしめていた。まるで何かに耐えるように。やがて肩が上下して、呼吸が乱れていく。ハーツは思わずイザームの肩に手をかけていた。

「大丈夫?」

 間近で見て初めてハーツは気付いた。イザームの長い前髪の隙間から、きらきらと輝くプリズムのような瞳が覗くのを。

「やめっ……!」

 イザームは両手でハーツを突き放した。震える体を抱いて、きらめく瞳で睨みつけてくる。その目は真っ赤に潤んでいて、その赤味さえも取り込んでプリズムはより一層綺羅星のように光り輝く。

「――よくそんな馬鹿みたいな瞳を、晒して生きていられるな」

「え?」

 ハーツがその黄金の瞳を瞬かせた。

「ボクには考えられないよ……!!」

 そして唐突にイザームは大きく咳き込んだ。地面に座り込んで堪えるように身体を縮こませて何度も噎せる。慌ててハーツはその背中をさすった。震える手でイザームはポケットから吸引器を取り出して薬を吸う。

「落ち着いた?」

 辛抱強く時間をかけてから、ハーツがゆっくりと確認すると、イザームは白い顔で頷いた。

「その目、そんなに嫌い?」

 万華鏡のような瞳を真ん丸に見開いて、それから彼は怒鳴った。

「当たり前だろう!!皇族の血も入った由緒正しい貴族だからと、いきなりボクの代からこんな瞳に飾り立てたんだ!それなのに肝心の身体の方の発現調整には失敗してこのザマさ。呆れて笑っちゃうだろ?両親は僕に負い目ばかり感じて、真っ直ぐに僕の顔を見ようともしない……大っ嫌いだ……こんな目玉……」

 抉り出すように瞼に爪を立てて、イザームが呻く。

「怪我をするよ」

 そっとハーツがその手を外させた。長い前髪を払ってあらわにしたイザームの顔は想像よりも幼い。ハーツはこつりとイザームの額に自分の額を合わせた。

「もし、本当にその目のままじゃ死んじゃうと思うならさ」

 二人の長い睫毛がそっと触れ合う距離。プリズムの瞳に金が溶け込む。

「僕の目をあげるよ」

 本当にあげたかった人には、貰ってもらえなかった、この目でよければ。

 片目で不自由に戦う同居人の顔を思い出しながら、ハーツは囁く。

 イザームは目を丸くして、ハーツの瞳の奥を覗きこみ、それから動転したのか離れようとした勢いが余って、ハーツの額に頭突きをした。

「あイタッ!!」

「お、お、お、お前の馬鹿みたいな目玉なんていらないに決まっているだろ!!」

 顔を真っ赤にしてイザームが怒鳴りつけてくる。リブのお茶会の時とは違う、年相応の反応にハーツが苦笑する。

「そっか、そうだったね」

 イザームは異星人を見るような表情をしている。だが何故だろう、そこには普段の毛を逆立てるような嫌悪の感情は無い。

「――誰にでもそういうこと言うのか……?」

「どうだろう……でも困ってる人がいたらできる範囲で力になりたいと思うじゃないか。普通」

「そのできる範囲が広すぎるんだ!このお人好しが!そんな心持ちでこの学園にいたらすぐに利用されるぞ!わかったか!価値を見いだされるな!ボクの貴族の血筋のように!金の無い無辜の民で居続けろ!!」

「――そっか、僕の事を、心配してくれているんだね」

「ちがう!あまりにお前が愚鈍だから、見ていて苛々したんだ」

「うん、ありがとう」

 会話になっていない感謝を告げて、ハーツが笑う。

「でも僕は、リブの必死で生きている所も好きなんだ。イザームの思慮深いその物の見方と同じくらいにね。僕はみんなと仲良くなりたい。もっとみんなの事が知りたい。初めて年の近い人達に囲まれて、毎日が新鮮で、僕は本当に楽しいんだ!」

 イザームは鼻白んだ顔を明後日の方に逸らして「馬鹿……」と呟くと、ハーツの横に腰をおろし、三角に折りたたんだ膝の間に本を開いて黙々とページをめくり出した。

 青空の下気持ちの良い風が頬を何故、暖かい日差しが降り注ぐ。何もしていないと居眠りをしてしまいそうで、ハーツが近くに咲いていたシロツメクサで花冠を編んでいると、ポツリとイザームが呟いた。

「お前、次のお茶会も来るのか?」

「うーん、どうしようか迷ってて」

 今週末は人工臓器移植をしている子の家がホストだったはずだ。ハーツの逡巡を読み取ってか、イザームが続ける。

「……ボクの初めてのホストはまだ先なんだ。あまりサボると、招待しにくくなるだろう」

 なんて遠回しなお願いだろう。髪の間から覗くイザームの真っ赤な耳を眺めながらハーツは「それは一大事だ」と顎に手を当てた。

 ブラッドには申し訳ないけど、もうしばらく我が儘を言わせてもらおう。

 そうして、一週、また一週とハーツのお茶会通いは続いていった。


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