谷野一栢と女科(産婦人科)
家臣たちとの話し合いが終わり、わしは到着した谷野一栢に会うことにする。
「谷野殿、よう来てくださった」
「西村様、この度はお誘いいただきまして、ありがとうございます」
そして、谷野一栢は勧誘の際に示した条件について、遠回しに間違いないか聞いてくる。
約束した件とは、人体解剖の件である。身体の仕組みを解明するためとは言え、人体解剖は洋の東西を越え忌避される。
しかし、医学の進歩のためには欠かせない行いであった。
それを可能にするため、思い付いたのは、身寄りの無い死体や罪人の死体を秘密裏に解剖することである。
本当に秘密裏にやったら、バレた際に不味いので、白川伯王家の白川雅業殿と神宮に確認したところ、あまり良いこととは言えないが、医学の進歩に必要ならばと、神官が穢れを祓いながら行うなら同意するし、神官も出してくれると言うことであった。
今は口が固い神官を用意しているとのことである。
谷野一栢の要望を叶える準備はしているのだが、谷野一栢にお願いしたいことがあるのだ。
「谷野殿に聞いてもらいたいことがあるのだが、良かろうか?」
「何でございましょうか?」
要望の件について話していた後に、聞きたいことがあると言われて怪訝な表情を浮かべる。
「実は、わしは先日、妻を娶ってな。妻が懐妊するかもしれんと思うと、出産のことが気になるのだ。
産婆が取り上げるそうだが、胡散臭い者も居ると言うし、もしかしたら妻や子が死ぬかもしれぬと思うと、不安でならんのだ」
わしは、不安げな表情で訴えかける。
「谷野殿は女科(産婦人科)に詳しいか?」
「いえ、私は女科は然程詳しくございません。
しかし、堺の豪商の阿佐井野宗瑞殿は、医師ではございませんが、医に通じておられる方で、女科を得意とされていたはずです」
谷野一栢は女科には詳しく無い様だが、堺に女科に詳しい阿佐井野宗瑞と言う人がいるらしい。
「その方に来ていただくことは可能なのだろうか?」
「阿佐井野殿は堺の豪商ですので、美濃にお呼びするのは難しいと思われます。
昨年(1528年)、明の熊宗立が著した『医書大全』を私財を投じて刊行され、私も堺の阿佐井野殿を訪ねて、譲っていただきました」
「ほぅ、谷野殿は、その阿佐井野殿と知り合いなのか?」
「はい、同じく医術を探求する者として、交流させていただいております」
谷野殿は阿佐井野宗瑞と知り合いらしい。
「ならば、谷野殿には、阿佐井野殿のところで、女科について尋ねて来て貰えないだろうか?
そして、妻が懐妊したならば、妻を診て欲しいのだ」
「うぅ、確かに私が阿佐井野殿に聞けば女科について語ってくれましょうし、奥方様を診ることは出来ますが、専門では無いので、出産までは対応しかねますぞ」
谷野殿は、阿佐井野殿から話を聞き、診るまでは出来る様だが、出産に立ち会うことは出来ないと、難色を示す。
「確かに、男が出産に立ち合うなど無いことであるな。
なので、わしは谷野殿に女の弟子を取ってもらいたいのだ。
その弟子に女科を教えれば、産婆だけに任せることなく出産に臨めよう」
わしは、谷野殿に女の弟子を取り、女科の女性医を育てるよう提案をしてみる。
「女を弟子に取り、女科の医師にするですと!?」
想定外の提案だったのか、驚き呆然としている。確かに、この時代の常識だったら、女性医なんて発想は出てこないな。
「わしは、男の医師が、貴人の妻を診るより、女の医師が診た方が良いと思うのだが、どうだろうか?
特に出産の場など、男が入らず、女房や産婆だけで取り上げておる。
その場で立ち会う女科の女の医師がおった方が良いと思うのだ」
「確かに、かつては内薬司に女科を扱う女医博士や女医(産婦人科医で女性の医師では無いらしい)がおりましたが、今はおりませぬ。
男の医師が貴人の妻を診るより、女の医師が診た方が良いのかもしれませぬな。
ましてや、出産の場となると」
谷野殿は消極的ながらも賛意を示してくれた。
その後、その女の弟子を連れて堺へ赴きたいと言うことなので、多羅尾光俊に若くて賢そうな甲賀の娘を急いで呼び、谷野一栢の弟子とした。
阿佐井野宗瑞への贈物である明の品々を持った谷野一栢は、女の弟子を連れて、堺の阿佐井野宗瑞の元へ向かうのだった。
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