近衛稙家④

関白・近衛稙家


 「多幸丸が妻を娶るだと!?」


 わしは、目の前にいる多羅尾光俊の言葉に驚きを隠せなかった。

 当家を出てから一年経ったぐらいなのに、もう妻を娶るとは思ってもみなかった。


 「多幸丸の相手は誰じゃ?」


 「織田弾正忠殿の妹君にございます。稲葉山の了承いただいておりますれば、婚儀の話は進めております」


 織田弾正忠家か。尾張の守護代の奉行に過ぎぬが、津島を治め、日に日にその力を増していると聞いている。

 銭払いも良く、飛鳥井家や山科家と繋がりがあるとらしい。

 多幸丸との繋がりも深く、多幸丸が小領の主でありながら、銭を手に入れられるのは、弾正忠と懇意にしておるからと聞いておる。

 互いの結び付きが強くなり、婚姻同盟に至るといったところか。

 多幸丸が富裕な弾正忠家と婚姻を結ぶことは、近衛家のためにもなる。ここは、快く認めてやることにしよう。

 しかしながら、こう言った利になりそうな話には敏感なのが公家と言う生き物よ。利害関係を洗っておかねばなるまい。

 敵対しておる者よりも、近しい者を除け者にした時のほうが不利益が多いからのぅ。

 取り敢えず、飛鳥井卿や山科卿と話してみるか。


 「光俊よ。多幸丸の婚姻の件は分かった。当家でも、多幸丸のためにしてやれることがあるやもしれぬゆえ、暫し滞在するがよい」


 「かしこまりました。関白様、僭越ながら、お願いしたき儀がございます」


 話を聞くと、都で高名な医者である谷野一栢への紹介状が欲しいらしい。

 多幸丸に何かあったのかと思ったのだが、そうでは無いらしい。取り敢えず、紹介状を書いてやることにした。

 そう言えば、忘れておったが、多幸丸の軍術の師をやっていた平井宮内卿が、官を辞するゆえ、多幸丸の元で仕えたいと言っておったのだった。

 白川伯王家の白川雅業殿も出立の準備が出来たようなので、ついでに連れていかせるか。

 多羅尾光俊に、美濃へ帰るときに白川雅業殿と平井宮内卿も連れていくよう指示をした。



 当家に、飛鳥井雅綱卿と山科言継卿を呼んだ。

 飛鳥井卿、山科卿に多幸丸が弾正忠家から嫁を娶ることを伝えると、祝いの言葉を貰った。

 飛鳥井卿と山科卿に弾正忠家の話を聞くと、定期的に銭や品が送られてくるようで、書状などから、弾正忠は雅の分かる者のようだ。

 他に公家の利害関係にある者を問うたところ、山科卿が弾正忠家の領地の近隣に存在した海東荘が、かつては久我家の荘園だったと申した。

 今では、久我家の支配は終わり、尾張の国人が治めておるようだが、久我家は母の生家であり、当主の久我通言は従兄弟であるから、声をかけざるを得まい。

 わしも近いうちに、通言の養女(細川高基の娘)を妻に娶るしのぅ。



 通言に多幸丸が弾正忠家より妻を娶る話をし、海東荘や弾正忠家と関わりがあるか聞くと、海東荘は随分前に失い、所有してる間も様々な勢力が地頭に任命され、久我家の荘園という認識は薄いようであった。

 しかし、弾正忠家が銭払いの良い話を耳にしているらしく、弾正忠家と繋がりを持ちたいと言いおった。

 久我家は源氏長者を独占しておる家柄とは言え、生活が苦しいのは変わりない。

 通言の提言として、弾正忠の妹を養女に迎えて、多幸丸に嫁がせるのが良いのではないかと言う。

 多幸丸にも弾正忠にも箔が付くし、多幸丸が他に側室を設けても、久我家の養女となれば、正室の地位が揺るがないから良いのかもしれん。

 話し合った結果、通言の嫡子である権大納言の邦通と山科卿が美濃・尾張へ下向し、話を進めることとなった。



 多羅尾光俊に、邦通と山科卿も一緒に美濃に連れていくよう伝えた。

 多幸丸と弾正忠には、朝廷と公家に貢献してもらうためにも、もっと力をつけてつけさせねばならぬ。

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