ナイス、シュート!

維 黎

意外と難しいねん

 事の始まりはおかんの一言だった。


「いくで。見ててみ――ほら、うまいやろ!」


 勝ち誇ったような満面の笑みは、今でもはっきりと覚えている。その笑顔になぜか対抗心がむくむくと頭をもたげたことも。


 高速を使えば車で1時間はかからない。地道を使えば1時間40分ほど。電車で行けば、これも1時間かかるか、かからないか程度の距離に実家がある。 

 帰るのは3、4ヶ月に一度くらい。この頻度ひんどが『頻繁ひんぱん』なのか『たまに』なのかは判断しかねるところではあるけれど、まぁ、とにかく実家に帰った時の話。


 DKダイニングキッチンの広さは確か12畳だったはず。特別広いわけでもなく、めちゃくちゃ狭いってこともない、いたって普通なDKだと思う。当時、メジャーで大まかに測ってみたら、5m20cmくらいだったような記憶がある。

 『だからなに?』とか『ふーん』とかの答えが返ってきそうだけど、何が言いたいかといえば、紙くずを端から端まで投げるとなると、けっこう遠い距離だ――ということ。

 これまた『知らんがな』とか『だから結論、さき言えや』との声も聞こえてきそうなので、本当はもっと引っ張りたかったけど書くことにする。


 DKの端の壁から、反対側のガラス戸の床に置いてあるゴミ箱まで、紙くずを投げ入れるって話。

 モノは何だったかな? え~と、確か実家の近所のスーパーのチラシかなんかだったと思う。

 で、冒頭2行目のおかんのセリフから、わかってもらえると思うけど、要するにおかんがチラシを丸めてゴミ箱に投げて、一発で入ったわけで。

 やってみるとこれがなかなか難しい。

 やる前は簡単だと思った。ゴミ箱は生ゴミとかも入れるから、まぁまぁ大きめ。中学の頃はバスケ部に入ってたし。ほぼ幽霊部員だったけど。


 壁の端まで行くと食事をするテーブルがゴミ箱を見えなくする。

 一投目を投げてわかったことだけど、けっこうぎゅっと握って堅くしないと、軽く丸めた紙くずは、軽くてそこそこ空気抵抗を受けるので思ったより飛ばない。つまりは一発で入らなかった。


「――ざんねん」


 と、侮蔑ぶべつの笑み(という表現は盛り上げる為の描写だけど)を浮かべてDKを出て行ったおかん。洗濯物がどうとか言ってたような。

 ここで姑息こそくにも言い訳を挟むと、本当はもう少し前からおかんは投げてた。

 食事をするテーブルとは別に、壁側には元コタツのテーブルがあって、わざわざ壁際まで行くのはちょっとめんどいし、必要もない。

 でも、こちらとしては同じ距離で入っても、おかんを上回ったことにはならないわけで。


 次はしっかりと丸めて堅くしてからの第2投。

 勢いがつきすぎて、ガラス戸に当たって反発し、ゴミ箱の前に落ちた。カーテンを閉めてたら、クッションになって入ってたかもしれない。

 三度目の挑戦はしなかった。

 何度もやればそのうち入るけど、それは何と言うか妙なプライドが沸いて許せなかった。



 月日は流れ――



 ゴミ箱の位置を確認してDKの壁際ていいちに着く。

 しっかりと堅くチラシを丸めて、さっき見たゴミ箱の位置をイメージする。

 おかんが一発で入れたあの時から、自分の中で決めたルール。年一回だけの一発チャレンジ。


 今年で丸三年さんしゅうねん


「――あんた、何やってんの?」


 外野の声を無視しての1投。


「――あぁ、くそっ! おかんが話しかけるから!!」

「知らんがな」


 来年こそは必ず――!!



                    ――了――



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