幼き子は、素晴らしき物語の世界へ。

星の狼

「幼き子は物語の妖精と出会い、物語の世界を知る。」


 システムを起動します……ログインしました。



「おはようございます。私は、ナビゲーターです。

 名前はありませんので、お好きな様にお呼び下さい。」



 僕は眠っていた。眼を覚ますと、僕の目の前に人型の物体がいた。大きさは、30㎝ぐらい……眼の前で、ぷかぷかと空中に浮かんでいる。


 人型の手足には指はなく、先は丸くなっていて、人型のぬいぐるみ?に見える。淡く光る、透明な体。羽の様な手を動かして、空中でバランスを取っていて……寒い海の中にいるクリオネに似ていると思った。好きに呼んでいいと言っていたから、「クリオネ」と呼ぶことにした。



「……クリオネですか。

 貴方は、私に名前を与えました。記録しておきます。

 

 それでは、早速……貴方がいる世界について、

 ご説明させて頂きます。」



 案内役のクリオネにそう言われて……周囲をじっくり観察した。白い空間。それ以外なにもない。僕は、透明な板の上にいて、白い空間にクリオネだけが浮かんでいる。僕は思った。『……何もない。君と僕しかいないし……。』



「……何もない? 

 ここを見て、そう思われたのですね。

 

 不思議ですか?……どうして、

 私が、貴方が考えたことが分かるのか……。



 それは、貴方がここにいるからです。

 普段の貴方はここではなく、外の世界にいました。


 朝、同じ時間に起きて、学校に通い……。

 友達と遊んで、家族がいる家に帰る。



 平凡な毎日ですが……とても素晴らしい日常です。



 でも、貴方は……今、ここにいます。

 ここに来てくれたから、私は貴方のことが分かります。



 ここは、色んな物語が生まれる場所。


 貴方は、多種多様な物語が生まれる……。

 世界の中枢にいるのです。」



 これは、夢ではないのかな? もしかして、流行りの転生もの?……クリオネが、ここに来てくれたって言っていたから、転移ものかな。『でも……それは困る。体力には自信がないし、賢いわけでもない……僕に取柄なんてない。速く……安全な家に帰りたいな。』


「……ご安心ください

 私がご案内致します。


 確かに、“物語”の中には、危険な人物はいます。

 危険な場所もあります。


 でも、大丈夫。私が貴方の傍にいます。

 私のあとをついて来て頂ければ、問題はありません。

 


 この場所に慣れるまで、

 私の傍から離れない様にして下さい。



 さて、貴方がいるここ……。

 “物語の世界”と呼びましょう。

 

 外の世界の様々な人が、

 物語の世界にアクセスしています。



 外の世界の色んな人が関り……。

 素晴らしい物語が生まれます。ほら、今も……。」



 白い空間に、文字がふってきた。上も真っ白で……どこから、落ちてきているのかよく分からない。落ちてきた文字は、足元の透明な板までくると、板の中に入ってしまった。他の文字と混ざらない様になっていて、文字が綺麗にまとまっている。



 僕は屈んで、足元の板をよく見てみた。物凄い数の文字だ。数百万……数千万。いや、きっともっとある。『……これが、全部……物語?……』


 日本語もあるけど、英語もある。読めたのは、ほんの少しだけだった。殆どが読めないし……どこの国の文字か分からなかった。


 足元にあるものが、全て物語。そう思うと、とても楽しくなってきた。本を読むのは嫌いではない。安全な場所で、静かに過ごせるから……。案内役のクリオネが、外の世界からアクセスしているって言っていた。


 つまり、ここは……僕が一番イメージし易いのは、パソコンの中だ。僕は、パソコンの中にいる?



「……パソコンですか。


 貴方が混乱してもよくないので、

 今はそれで構いません。

 

 貴方はこれから……外の世界と、

 物語の世界を行き来することになります。



 もちろん、安全な家に帰れますよ。

 

 今日はこれぐらいにして……。

 今日は帰りましょう。」


 僕は、もう少しだけここにいたかった。家に帰られなくなっても嫌だけど……こんなにもワクワクしていて、楽しい。


 

 僕は、帰る前にクリオネに大切なことを聞いた。


『家に帰れるのは嬉しいけど……。

 

 君は、クリオネはここにいるの? 

 また、会えるかな?』



「ええ、会えますよ。私は、ここにいます。

 

 私は、物語がある場所にいます。

 いつまでも、ずっと……。


 

 そうですね、貴方は……。

 私をクリオネと呼びました。


 クリオネは、外の世界の人から、

 流氷の天使。氷の妖精と呼ばれていますね。



 では、私を物語の妖精と思って下さい。

 

 私は……良い妖精なので、貴方を食べたりしません。

 物語の中には、悪い妖精もいますが……。

 

 

 物語が好きなので、ここからいなくなることはありません。

 それでは、今日はこれぐらいで……さようなら。」



 僕は白い空間、物語の世界から出ていく。外の世界に帰るんだ。帰れるのは嬉しい……だけど、まだここにいたいと思う自分がいる。まだ、帰りたくない……ここで色んな物語を探したい。



 物語の妖精、クリオネが言っていた。「“物語”の中には、危険な人物はいます。危険な場所もあります。」……物語の中に入れる? 足元にある、全部に?



「……ここ凄いな。

 クリオネ、僕ここにまた来るよ!

 

 だから、待っていてよ。

 僕と一緒に、色んな物語を―」



 ログアウトしました。システムを終了します……。



 白い空間、物語の世界に僕の姿はない。僕は外の世界に戻ってしまった。


 

 僕は……もう一度、あの世界に行きたい。クリオネに会いたい。その気持ちを抑えられなかった。今日の夜は寝られなくて、次の朝、寝坊してしまった。


 父さんや母さんに怒られて……姉に馬鹿にされて……。急いで、朝食を食べて、安全な家からでていく。


 父さんや母さんに怒られて、姉に馬鹿にされたのに、僕は笑っていた。昨日のことが忘れられない。あの世界のことが、頭から離れなかった。



『今日は天気がいい。

 速く、クリオネに会いたいな……。』


 学校の授業中、上の空になって、先生に叱られたけど気にしない。今日は、凄く楽しい。どんなことがあっても……。




 それから月日が流れて……今日も僕は戻ってきた。物語の世界に……。物語の妖精クリオネに会ってから、3年も経った。


 この物語の世界にもだいぶ慣れてきて、色んな物語の中に、自由に入ることができる。物語の中に入れば、僕は異世界人として役目を果たす。クリオネがいつも指示をくれるので、道に迷うことはなかった。



 今日は一人だけで、物語の中に入ることにした。


 僕も成長して、取柄があることに気づけた。気づかせてくれたのは……僕がクリオネと一緒に、初めて訪れた物語の世界。その世界にある、西洋風の国の騎士隊長だった。


 体格のいい、髭の隊長はお酒が好きで、いつも酔っぱらっていたので……大人になったら、お酒に注意しようと思った。


 

 案内役のクリオネに導かれて、一人で……異世界の物語の中へ入っていく。物語の中に入る直前……読める文字があった。それを見て、僕は思った。『……僕も、感謝しかないよ。ここで、色んな物語を読むことができたから……機会をくれて、本当にありがとう。』その文字は、日本語で書かれていた……。




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幼き子は、素晴らしき物語の世界へ。 星の狼 @keyplanet

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