第5話 泣き虫でも友達を守れますか? 1
2080年、シズク町の端にある研究所で私は作られた。開発者はコメット博士。彼は世界的に有名なロボット工学者でロボットに感情を与えた人物だ。
「火事場の馬鹿力というやつがあるじゃろ?あれはね、感情物質の力なのだよ」
薄暗い研究室で博士は私に教えてくれた。
「怒り、哀しみ、喜び、人の心に激しい感情が宿る時、感情物質は体内で大量に生まれる。この物質のエネルギーは凄まじく、時として人の限界を超えた力を出すこともあるようじゃ。まだまだ分からないことは沢山あるが、上手く使えばきっと人の役に立つ」
博士は私の目を見る。
「お前はその研究のために作られたのじゃ。よろしく頼むぞティア」
ボクはティア。人に作られしヒューマノイド。人の世を豊かにするため作られた存在。
その日から博士と私の研究は始まった。
「感情物質というのは基本的には身体の中にしかなく、それが体外に出ることはほとんどない。しかし唯一、感情物質が大量に流れ出る時があるのじゃ。それは人が泣いている時じゃ。人は感情が高ぶると涙を流すじゃろ?その涙には感情物質が多量に含まれているのじゃ」
研究において感情物質の確保というとが最初の関門で感情物質は長時間大気に触れると壊れてしまい、収集が難しかった。そもそも感情物質を手に入れるには誰かが泣かなくてはならないのだ。
「ワシが作ったこのゴーグルはな、目の下に吸引装置があって涙ごと感情物質を取り込めるのじゃ。これで泣きさえすればいくらでも感情物質が手に入るぞ」
「凄いですね博士。じゃあボクがこのバットで殴るんで、博士はそのゴーグルを付けてて下さい」
「え、バット!? 殺す気かティア!」
「いや、だって誰かがなくなくちゃいけないんですよ?大丈夫です、死なない程度にしますから」
「いや、でも泣かせる程度には殴るんだよね?やだよ、研究所にいる他の若いやつにやればいいじゃろ」
「この研究所にいるのは博士以外全員ロボットです。そもそも今まではどうやって感情物質を調べてたんですか?」
「ワシがタンスの角に足の小指をぶつけて泣いた時に流れた涙を、面白半分に調べてみたのがきっかけで…それ以来週三くらいの頻度でタンスの角に小指をぶつけて感情物質を手に入れてた」
「なんだ、それじゃケツバットとかでもあんまり変わらないじゃないですか」
「いや、変わるじゃろ! 女の子が70歳の爺さんにケツバットって…どんな絵面!?」
「つべこべ言わずにケツを出しなさい!」
「ちょ、やめ……うあああああああああっ!」
少々犠牲を出しながらをボク達は感情物質の研究を進めた。
「この仮面はさっきのゴーグル同様、涙ごと感情物質を取り込むことができる。違うのは取り込んだ感情物質を使って超パワーをうみだすというところじゃ」
博士は変な仮面を装着すると、ボクにケツバットするように指示した。僕は指示に従って躊躇無くバットを振る。
「痛なぁ……涙が出そうじゃ。実際泣いてるんじゃが」
すると仮面から光が出て博士の体を覆った。
「博士、これは!?」
「見ておれ、これが変身じゃ」
光が消えると博士は黒いスーツ姿になっていた。スーツと言ってもサラリーマンが着てる方のじゃなくて、戦隊ヒーローが着てるようなスーツだ。80越えの爺がこんなものを着るとは……なかなかに痛々しい。
「なんなんですかそれ?」
「感情物質を利用して作り出したスーツじゃ。見ておれよ」
博士は研究室にあった冷蔵庫の前に立った。
「これがこのスーツの力じゃ!」
博士は冷蔵庫にパンチし、まるでウエハースを割るかのように粉砕した。腰の曲がった老人とは思えない怪力だ。
「凄い、なんて力だ」
「これでもまだ感情物質の力を100%引き出せている訳では無い。この仮面はまだ試作段階なのじゃ」
研究は仮面の完成を目標に進められていった。感情物質をより効率よくスーツのエネルギーにするよう研究と改良を重ね、仮面の性能は格段にあがっていった。
「博士、仮面の方はこれでほぼほぼ完成のような気もしますけど、これの最大の問題って使用者の方に生じるんじゃないですか?だってこれ、泣いてる時にしか使えないんですよね?博士にケツバットした時も泣き止んだらスーツは消えてしまいましたし」
「そうじゃな。使用者は極端に限られるじゃろう……今までにこの仮面を使いこなせたのも1人しかおらん」
「1人いたんでか!? なんですかそれ、必要に応じで自由に泣けるってこと!?」
「まぁその1人も今はおらん……」
博士は急に悲しげな表情になってしまった。かつて仮面を使いこなせたその人が大切な人だったのだろうか? その答えは博士がいつも大事そうに持っている写真にある気がする。博士と1人の少年が写っている写真……少年はどことなくボクに似ていた……
「しかしな、その問題はそのままでいい。この力はワシらが思っているより強大じゃ。誰にでも扱える力にするには危険すぎる。泣き虫なやつにしか使えないくらいがちょうど良い」
こうして3年の歳月を費やし改良を重ね試作型とは別に新型の仮面が2枚完成した。
ボクらはこの上ない達成感を味わったが、間もなくして博士は奇妙なことを言い出した。
「なにか、嫌な予感がする」
「嫌な予感って……?」
「五指だ……アイツらが動き始めようとしている」
「五指?」
「五指はワシが作った高性能ヒューマノイド……以前は感情物質の研究を手伝ってくれていたが……4年前、突然ワシの前から姿を消した」
「彼らは一体何の為に……?」
「わからん……しかし、何だか嫌な予感がする。何かが起ころうとしている……いや、五指が起こそうとしている」
博士の予感は的中した。数日後、五指は突然研究所に現れ博士に銃を向けたのだ。
博士はやっとの事で研究室に逃げ込みボクに指示した。
「まさか……召使いや助手用のヒューマノイドとして作られたアイツらが、この4年の間に自身を改造し戦闘型ヒューマノイドになっていたとは……」
「博士になんでこんなことを!?」
「人間達への復讐か……? 五指のリーダーであるサムは4年前の事件で心に傷を負っている。考えられることじゃ」
博士は仮面を取り出しボクに握らせた。
「ワシの次は町の人々に牙をむくかもしれん……これをお前に託す。町へ行くのじゃ……五指を倒せる者を探さねばならん」
「託すって……博士は!? 一緒に逃げましょうよ!」
「ワシが行ってはお前を逃がす者がいなくなってしまう」
研究室のドアが外からこじ開けらられようとしている。
「早く行け!そして町でこの仮面の……ソルジャーの適正者を探し出すのじゃ!」
ボクは博士の目を見て覚悟を決め、研究室の埃っぽい隠し通路から研究所の外へ出た。
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