55
緩やかな浮遊感。……落ちている、というよりは沈んでいるという感じだ。
それから真白の脳裏に浮かんだ顔は、見慣れた心の寝顔だった。真白の思い出の中で、心の顔は相変わらず死体のような顔をしていたけど、でも、きっともう大丈夫だ。実際の別れ際の心は、生きた人間のような顔をしていたし、それに心はああ見えて、とても強い女の子だし、大麦先生や秋子さん、冬子さんという、心強い大人たちが、ずっと心のそばについている。だから真白は、もう会うこともない心の心配なんてちっともしていなかった。
闇は深く、真白の体はその冷たい緩さの中をゆっくりと下降していく。
その途中で、真白は『自分に人間の手足がある』ことに気がついた。闇を下降していく間に、真白はいつの間にか、『一匹の黒猫から一人の人間に戻っていた』。すると、今度は不思議なことが起こり始めた。
人間のころの真白の記憶がだんだんとしっかりし始めて、それに反比例するようにして、猫だったころの真白の記憶が曖昧になっていった。……真白の中から、強制的に、真夜中の病院での記憶が、……大麦先生の記憶が、……秋子さんや、冬子さんたちの記憶が、……そして、心の記憶が消えていく。
真白の中から失われていく。
なくなっていく。
真白はそのことを、このとき、……素直に悲しいと思った。
夢の終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます