三題噺 作品置き場

セツナ

『告白写真』【卒業/告白/桜の木の下】


「告白しよう」


「はい?」


 クラスメイトの悪友が、唐突に口を開いた。

 体育館で、クソつまらない卒業式が終わった後の、生徒達の別れをおしむ蛇足とも言える時間に、筒に入った卒業証書を持って、私と悪友は校舎の屋上から校庭の様子を眺めていた。


「何々、この空気に当てられて、あんたまでお涙頂戴するつもり?」


 はぁ、と息を吐く。


「バカ言えー! オレは感動ものは苦手なんだ…」


 言ってから、奴はげふんげふんとわざとらしく咳をして改まったように背筋を伸ばした。


「オレ、好きな奴がいるんだ」


「は?」


 なにそれ、聞いてないけど。

 あんた、そんな話一度もしなかったじゃん。

 何、今更。


 じゃあ、私の気持ちはどうなるって言うんだ。

 あんたを好きだった、私の気持ちは。


 頭の中がぐるぐる回る。

 回った後で、あぁ、そうだったと思った。


 私の失恋は、1年前に終わっているのだった。


「でもさー。オレほら、もうそいつ幸せに出来ないからさ」


 悲しそうに呟く悪友の足元は透けており、その上半身は校舎の外側の空間に浮かんでいる。


 こいつは、1年前の3月1日に一足早く一人ぼっちで卒業してしまったのだ。

 高校よりも先に、人生と言うしがらみから。


 押し黙る私に「おいおい、元気ないぞー」と奴は掌を目の前でひらひらしやがる。

 くそ、人の気も知らないで。


 校庭では、誰が歌い始めたか知らないが何故か「旅立ちの朝に」の合唱が始まっていた。


 遠い空の果てまでも~♪

 君は~飛び立つ~♪


 あんたは、空に飛び立ったまま返ってこなかったくせに。

 死んでしまってまで、私にまた失恋させようというのか。


 涙が目に浮かんでしまう。


「まぁ、さ」


 奴は何を思ったのか、ふと口を開く。


「親友のお前にさ、最後に一つお願いがあんだよ」


「なに」


 ずっと前から、奴は今日できっと自分はその姿からも卒業してしまうのだと言っていた。

 だから、お別れの日くらい笑顔で居たかったのに。


 私の瞳からは涙がこぼれる。

 雫が零れ落ちるまま、拭うこともせずに私はただ悪友を見た。


 悪友であり、親友であり、好きだったあんたの最後頼み、聞いてやろうじゃないか。


 見ると、そいつはにへらと笑った。


「校庭の一番でかい桜の木があるだろ。その下を掘ってほしい。目印はさしてあるから」


 言っているそいつの足元はどんどん消えかかっている。


「おまえとさ、一緒にバカやれて、本当にオレ楽しかったんだ」


「ありがと」


 それだけ一方的に言い捨てると、奴はシュッと消えてしまった。

 そこにいた残滓さえ残さず。

 あまりにもあっけなく、消えてしまった。


「それだけかよ」


 私の気持ちも知らずに。

 好きな子への置き土産だけ残して。


 あんたは本当に、勝手だな。


 歯をぎっと噛みしめる。

 なんだか泣いているのがバカらしく思えてくるほどに、悔しい。


 だから、私は最後の親友の頼みをまっとうすべく、校庭の扉を開け階段を駆け下り、校庭へと出る。

 奴が言っていた桜の木に走り寄り、目印を探した。


 目印はすぐに分かった。


 あいつが夏になるといつも食べていた、アイスバーの棒だ。


「ばか」


 アイスを食べるアイツの姿が目に浮かび、涙がまたこぼれそうになるが、ぐっとこらえる。


 アイスの棒でその下をぐりぐりと削るが、それがじれったくて汚れるのも気にせず両手で堀った。


 しばらく掘ると、よくあるタイムカプセルのようなお菓子の箱が出てきた。

 それをゆっくりと堀上げて、地面に置く。


 この中にあいつの好きな子へ渡すものが入っている。


 ぐっと力を籠めて私はそれを開ける。

 中にあったのは、手紙とアイツの学生手帳。


 手紙を見るのはさすがに気が引けたが、せめて学生手帳ぐらいなら、と思ってそれを開く。


 うちの学校では、学生手帳に好きな人の写真を入れると両思いになれるというおまじないがある。

 もしかしたら、あいつの好きな人が分かるかも。

 そう思って、怖い物見たさでついそれを開けようとしてしまう。


 そろそろと、ゆっくり手帳を開くとそこにあった写真には――


「え、そんな……」


 あいつと二人でふざけて撮った、私とあいつのツーショットが入っていた。


「うそだろ……」


 あいつの好きな人ってつまり……


「私だったの…」


 その事実に気づいた瞬間、ばっと涙がはじけたように溢れ出てきた。


 目から口から鼻から。いろんな感情が汁となって吐き出されていく。


 本当に、ばか。

 なんで、最後の最後まで、へらへら笑って。

 ふざけた顔して、遠回りすんだよ。


 ふざけんな。


 思った言葉は声にはならず、ただ私の目からは悔しい感情だけが流れ出ていくのだった。


-END-

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