第32話 ひさびさありあ


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


「なぁ、どこ行くんだよ、帰るのか?」


 俺は意味不明なブチギレ方をした絶対王女・カノンを追う。

 足取りは早いというのはつまり完全に逆鱗に触れたって事だ。


「付いてこないで、ストーカー容疑で訴えるわよ」


「何言ってんだよカノン。なんかお前おかしいぞ?」


 また、ツンツンしちゃって。

 そんなに付いて来て欲しいんなら言えば良いのに。

 鏡を直した後からずっと両手を組んで人差し指をクルクルしてんじゃん。

 カノンって構ってほしい時はいっつも落ち着きが無くなるもんな、分かり易過ぎて感情リンクなんて必要ないよ。


 めっちゃ可愛い。


「でも、お前、家と方向逆じゃねぇか」


「そうよ、今からお見舞いに行くのよ。そんなに私に付いて来たいの?」


 なんだか余裕げに話すカノンだが、ここで少しだけ意地悪をしたくなって俺はこう言う。


「別に、俺はカノンを追っかけてる訳じゃないし。帰り道だからな、そこの角で俺は曲がるから。じゃあな」


 俺の方に向いていないカノンに手を振って合図を送ると、カノンは少しだけ歩幅が小さくなり、再び同じ速度で歩き出す。


「何で来ないのよ」


 カノンは足を止めると、髪の毛をかき上げながら振り返る。


 少しだけ充血した目を見る限り、かなりご立腹のご様子。


「お見舞いよ、アリアの。あの子、あの後に貧血で倒れて救急車で運ばれたんだって。馬鹿みたいな話だけど、加害者は私達だわ。謝りに行くのよ、リュートもついて来なさい」


 カノンはそういうと、「来い」と合図をして再び歩き出す。


「……んだよ、デレないのかよ。期待してたのになぁ...」


 と、俺はカノンに聞こえるように言葉を漏らす。


 ついてくるなって言ってみたり、ついてこいって言ってみたり。

 なんとなくだが俺はカノンのことがわかって来た。


 カノンは、基本的に正直じゃない。

 意図を汲んであげることが、俺が今できる1番の優しさなんだろうな。

 そうして欲しいんだ、カノンは。


 その証拠に、彼女の手鏡から見えたあの顔。

 きっと寂しいんだ、カノンは。

 俺は、子作り以外に彼女にしてあげられることはないのか?


 ◆◆◆◆◆◆


 真っ白で巨大な建物が俺たちの目の前にそびえ立つ。


「でっけぇな!」


 俺はあんぐりと口を開けながら、人差し指を病院の窓に向ける。

 下から数えて1、2、3、4、5……もうすでに何階あるか数えられない。


「この街で1番大きな病院、賀田がだ病院よ。ここの病院でよく私も診察を受けてるわ。アリアがここに来てるってことは、多分ツテがあるのね」


「あっ! ここ、俺が胸の怪我の件で定期検診を受けろって言われてた病院だ! 初めて来たぜ……」


 俺はその縦に伸びたビルのような建造物のテッペンを観測するために見上げるが、なんだか途方もなくなり気分が悪くなる。


「さぁ、行くわよ。アリアに謝罪しないと胸につっかえた気持ちが収まらないわ」


「……そうだな、俺らが悪いしな」


 まぁ、カノンのせいで俺は金髪の美少女・アリアにオトコの大事な部分を見せられてしまった、いわば1番の被害者なのだが。


 ◆◆◆◆◆◆


 ズケズケと病院の玄関を通り、機械仕掛けの扉が俺とカノンのために開くが、入った途端に逃がさないぞと扉を閉める。


 いるわけないが俺はあちらこちらに隠れている魔人の存在に怯えていた。

 どこから殺しにくるかわからない敵。

 人間の姿をしている者もいれば、透明になっていて急に殺してくるかもしれない。


 魔王幹部のメロが居たんだ。

 その辺にまだ俺を『勇者の種』の殺し損ないだと気付いて急に襲って来るやつがいるかもしれない。


「なによ、そんなビクビクして」


「……さっきさ、カメラを持ってた女の子いたろ? あの子、魔王幹部だって」


「え、そうなの? あっ! データは消せたの?」


「あ、おう。消してもらったよ? うん」


「はぁ、そうなのね。よかったわ」


「うん……じゃなくて!! 魔王幹部がいたんだぞ!? なんでそんなに冷静でいられるんだよ!!」


 俺は病院の中なのにも関わらず、思わず大声で訴える。

 カノンはあまりにうるさい俺の口を閉じるべく、手刀を頭に見舞われる。


「分かってるわよ、この世界に元幹部がいるんでしょ。知ってるっての、この世界にはそんな放浪してる魔人なんて沢山いるわ。この世界は割と平和だから、戦いを好まない種族とか、平和に魅せられた魔物達がここに来て過ごしてるの。魔王幹部だって私の知り合いに何人かいるし」


 カノンは腕を組みながら片目を瞑る。

 そんなことも知らないの、とでも言いたいのだろうか、俺はそれでも現状を信じられない。


「でも俺の家族を殺した奴らだぞ!? 信用できない! アイツらが家族を巻き込むことがなかったら、俺は天涯孤独で生きていくことはなかったのに!」


「……確かにそうかもしれないけど、ここは落ち着きなさい。私の知り合いも、この次元の人間を殺すために派遣されてきてたらしいわ。魔王の手から晴れて自由になった魔人たちは、ここでのんびり暮らしてる事もあるってわけ。戦闘好きなんて、ほんとはごく一部よ」


「そ、そうなのか……」


 なんか複雑だな、魔王軍の奴らも。


 俺は腕を組んでうぅんと唸りながらどうしようもなく虚しい気持ちになるが、親を殺した奴らとは事情が違うと言い聞かせて吐きかけた辛みを飲み込んだ。


「まぁ、私の知り合いもそのうち紹介するわ。ほら、323号室でしょ。すぐそこね」


 かつかつと白い床を進むカノンの美脚。

 彼女の歩き方はまさに王女の風格漂わせる美しい歩きからで、生脚はエロくて髪の毛はサラサラで、今にもその細い指にしゃぶりついてやりたい。

 可愛過ぎってのは罪だとか訳の分からないことを言う連中もいるが、やはり罪だってのが最近わかったよ。


 カノンの美貌は全ての感覚を狂わせる兵器に近しいものを感じる。

 俺はそのあまりの煌びやかさに心打たれ、プリプリとカノンの服越しに見える尻に惹かれながら彼女の後をついていく。


 魔性、ってやつなのか?

 仮に俺とカノンの二人しかこの世界にいないなら間違いなく彼女に抱きついている事だろう。

 まぁ、カノンは恥ずかしがって俺の頰に紅葉を作って罵倒されるのがオチなのだろうがな。


 そんな事を考えていると、横切るおばあちゃんやおじいちゃんが俺らのことを見てクスクスと笑う。

「若いのはいいのぉ」と聞こえた気がする。


 まぁそう言うなよ、ご老体。

 俺は場合によっちゃ、アンタ達より先に逝ってたかもなんだぜ?


 俺はそんなくだらない余裕を腰にぶら下げながら憐れみた表情で老人を見た。

 一度死にかけた人間の奢りである。


 ちてててててててててて!!!!


 突然、病院の中にどこかで聞いたような足音が聞こえる。

 この可愛らしいリズム、俺はこいつを知っているぞ!


 病院の中は走ってはならない。

 それは、人間の常識だ。

 つまり、先ほど走って行ったのは人間ではないってことさ。


 今、走って行ったのは、メロだな?


「どうしたの? リュート」


「いや、なんでもない」


 見間違いなのか、聞き間違いなのか。

 なわけない、しかしアイツはこんなところに来る理由があるのか?

 さっき、依頼があるって言ってたし……。


 あ、なるほど。

 メロの金儲けの思惑がやっとわかった。

 こいつの依頼だったんだな、変態ストーカーの美女さん。


 アリアの部屋の前に着き、中できゃいきゃいとうるさい声を外から聞く。

 俺は顎に手を当てて考え込む。


 やはりそういうことだったか、はぁ。


「何でため息ついてんの? そんなにリュートのファンに会うのは緊張するものなの?」


「いや、ここまでするなんて馬鹿なやつだなって逆に感心してたところだ」


「何それ、ていうかなんでそんなに喜んでんの? キモいんだけど」


 ジト目でこっちを見るなよ、そして心の中の俺を勝手に見やがって。


 カノンは扉の前に立つとコンコンコン、と三回ノックする。


「ひゃぁ!!!!」


 アリアの甲高い声が聞こえる。


「アリア、お見舞いに来たわよー。入るわね」


 ガラガラと扉を開けるカノン。

 その音と同じくらい、ドタドタと騒がしい音が聞こえる。


「ななななな、何しに来たんですの、カノン!」


「お見舞いよ、アリア。私たちが一様あなたを大貧血にしちゃった侘びをしに来たわ。流石にやり過ぎたなって心から反省はしてる、悪かったわね」


 カノンは珍しく他人に頭を下げて謝っていた。

 俺はその風景をちらちら外から眺めながら入るか入りまいかを考察していたが、入らなければ俺がまさにストーカーのように思われてしまう。


 俺はようやく決心がついてカノンに続いて入る。


「よ、よう。あれ以来だな、アリア……」


 へこへこしながらほぼ初対面の超絶金髪美女の前にゲスト出演の様に現れると、アリアは顔を真っ赤にして布団をもぞもぞさせる。


「あわわわ、リュート様!!」


 バサバサと音を立てて、紙吹雪を布団の中にしまう。


 パサッ。


 一枚の写真がアリアのベッドのすぐ下に落ちる。


「あっ……」


「アリア。写真が落ちたわよ」


「ま、待ってカノン! ちょっと待ちなさい!」


 カノンは腕を伸ばすと、アリアはそれを止めに入る。

 が、布団が引っかかりアリアは前のめりになる。


「きゃぁ!!」


「うわぁ!!」


 2人の女の子が抱き合うと、まもなく重力に負けて倒れこむ。

 下の階にアリアが落ちた衝撃が伝わっていくと共に、あたりに大きな紙吹雪が舞い上がり、それは桜が舞い散る春の陽気を感じさせた。

 ペラペラと舞い散る紙吹雪が一枚、俺の元へと運ばれる。


「あぁあ」


 俺はその写真の裏を見る。

 アリアは直ちに体勢を立て直すと、さらに顔を赤くする。


「きゃぁぁぁ!! リュート様ぁ! 見てはダメですの!!!!!!」


 その写真を見た瞬間、俺は歪めた顔をアリアに向けてニッコリと笑った。

 プルプルと震えながら、写真を少しずつ二つ、三つ、四つ折りにする。

 そして怒りを込めて思いっきり握りしめた。

 右手の中で手汗でベチョベチョになった一枚の写真。

 俺は頭の血管が切れて病室の中に噴き出しそうになる程怒りが収まらなくなっていた!


 ……メロの野郎!!

 今までどこに隠れてやがったぁ!!


 つづく。

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