第31話 檻の中の小鳥


「あ、そろそろ時間です! 私、次の交渉がありますので、それでは!!」


「おい、ちょっとまてよ!」


 いきなり踵を返すメロ。

 ふわっと舞うスカートの中に密かに青い宝石が輝く。


「……なんだったんだよ、全く」


 おれは駆けていくメロを眺めるが、すぐに視線を落とす。

 その視線の先には、一枚のSDカード。


 ……帰ろ、もう今日授業ないし。

 今日だけで2回も授業バックれちまったな。


 俺はそのSDカードを握りしめると、ふふっと笑う。

 今日の晩餐はどうやって料理をしてやろうか、とりあえずこのことは絶対にカノンにはバレたらダメだな。

 そんなことを考えていると、甲高い声が俺の心臓をフォークで突き刺したような感覚に陥る。


「あ、いた! リュート!」


 はひっ!!!!


 俺は眺めていたSDカードをポケットに押し込むと機械仕掛けのカラクリのようにくるりと後ろを向く。


 はぁ……はぁ……バレちゃいないよな?。


「ほんと、あなた馬鹿じゃない?! 今まで何してたのよ!」


 カノンは息を切らしながらここまで走ってきたのだろうか。

 お腹が痛いとか言っておきながら意外と走れるじゃないか、俺の計算が桁違いにあっていなければ危うくこの禁断の交渉がバレるところだったんだぞ?!


「なっ、なんでここにいるんだ! 休んでろって言ったじゃないか!」


「そんなわけにもいかないでしょう? あなたの事だから、ヘマするんじゃないかって追ってきたのよ!」


 えぇ、俺、そんなに信用ねぇの?

 てか、どこから話を聞かれてた?!


 俺は唇を尖らせて、どこからメロとの交渉を聞かれていたのかを聞こうと目をウロウロさせる。

 が、それが無駄なことは1番自分がよく分かってる。


「……ねぇ、リュート。なんで、私のパンツの中身をそんなに気にするの? 全部伝わってくるんだけど」


 いつかカノンが俺に仕掛けた感情リンクって魔法がいまだに俺のかかってる!

 もう、マジで鬱陶しい!

 感情リンクのせいで、疾(やま)しい事があればすぐに伝わってしまう!

 その割に、向こうから聞こえる事がほとんどないからマジで困る!!


「イイヤ、オナカ、ダイジョブカナテ」


「なんで、カタコトなの?」


「チガイマース! あ、ソウデース!」


「ねぇ、リュート。キモい」


「スミマセーン……」


 俺は頭の中で訳の分からない世界を作ってどうにかカノンの股間の中身の情報を隠してなんとかごまかせた。

 もう、カードのことは忘れろ!

 今日のおやすみ前の夜食だからな!

 ふっふっふ……!


「多分だけど、今、私に対してエッチな事しようとしたでしょ? 分かるのよ、そんなにエッチしたいなら私の家に来なさいよ」


 はっはっー! ……え?


 俺は目を丸めると、カノンの顔を見つめる。


 カノンはしゃっくりをしたのか、体をビクつかせると、顔が茹でられたカニのように美味しく仕上がった。

 おそらくだが彼女は血迷ってしまったのだろう、カノンからそんな事を言うのはあり得ないし……。


「ち、ちがうわよ、リュート! 今、あなたの潜在意識が勝手にリンクして、私の感情を上書きして、その……アレよ! 洗脳されたのよ、あなたに! 別に、あなたと嫌々エッチするのは嫌だし、私の始めての男の子とカラオケとかトイレとかでするのも嫌だから私の家においでって、あ、あなたが言わせたのよ! 私じゃないし、私、別にあなたの事好きじゃないし! 勘違いしたら蹴飛ばすわよ! ほんとに最低! 馬鹿! アホ! 死んじゃえ!」


 カノンは俺の頰を叩くと、湯気を出しながら学校の外へと歩いていく。


 ……え、なに!? 今の!

 俺、全面的に悪くねぇだろ!

 相手の自爆で、俺が悪いのか?!

 おい、言葉数多すぎて一部しか言語をピックアップできんかった!!


「待てよ、カノン! なんで俺が悪いんだよ!」


「うるさい、馬鹿! いちいち細かい事気にしてるから私はイライラしてるんでしょうが! もう喋りかけないで!」


 カノンはもう目をぐるぐる回して、俺に向けて張り手第二砲弾を構える。

 右手に溜まっていく力を目で確かめると、俺はオロオロと後ずさる。


「わっ、わかったよ! 俺が悪かったって!」


 まあ全然、これっぽっちも悪いと思ってないけど。


「そうよ、分かればいいのよ、この、ド変態野郎! キモい! 死ねば?!」


 カノンは振り返ると、またも鏡を開けて自分のメイクを確認しだす。


 もう嫌だ、カノンの暴言!

 なんでこんな罵倒されないけないんだ!!

 俺の怒りゲージが限界まで降り上がると、やり場のない憤りを空に向けて放つ!


 ふがぁー! 可愛すぎるだろ!

 なんでこんなにツンツンが可愛いのに、全然デレてくれねぇんだよ!

 神様、どうにか俺にカノンのデレをください!

 そうでなければ俺はカノンに意地悪をしてしまいそうです!


 このままじゃ、カノンのツンツンに殺されてしまいそうです!

 今、俺にカノンがデレてくれなければ俺は神様、あなたを恨みます!


 俺は頭を掻きながら、頭を上下に振る。


 ◆◆◆◆◆◆カノン目線


 私はいつも誰かを突っ撥ねてしまう。

 私とリュートの間に数メートル距離があることを手鏡で確認すると、いつもの様に声を漏らす。


「……リュート。ごめん、今の嘘」


 手鏡に映る冴えない自分の顔に、ゆっくり左手を持っていく。


「……本当は、私がリュートを欲しいだけなのかもしれないね。だって、リュートってあの人なんだよね……」


 今日はメイクを厚く塗りすぎたのか、なぜか自分を見せられてる気がしない。


 それは、ただメイクという肌の上に乗せる武器が原因ではない。

 もっと深層、肌の内側にいる人の問題。


「どんどん、素直になれなくなってる……」


 心の中で、体操座りをする私。

 心の奥は寂しくて、誰かが私のことをきっと助けに来てくれるって期待してる。

 明るくて、暖かい日差しを受け、少しずつ白い羽が生える。

 その羽で飛べばいいのに、それを怖がってる。

 檻の中は涼しくて、優しい。

 でも、その世界から飛び立てば、灼熱と苦しい戦争の世界が待っているのだ。


 しかしそれは幻想。

 きっと外の世界はもっと優しいし、広くて大きくて心地良い。

 足りない言葉を言い出せずにいるのは、自分の心が受け入れる勇気が無いからだ。


『決意』


 私は昔からこれが著しく足りない。


 たった一言を認め、触れるのが怖いのだ。

 檻の扉は放たれた。

 ただそこから飛び出す勇気、触れる勇気、伝える勇気、それが無い。


「私……愛するのが怖いのかな?」


 鏡に映る自分が憎くて、鏡をすぐにでも叩き割って何も見えなくしてしまいたい。

 本物の私は、いつだってそばにいる。


「好きだよ、リュートぉ……!」


 その言葉を言い放つと、またも自分から檻の鍵を閉めた。


 そう簡単には飛べないのだ、翼の生えた人間というものは。


 つづく。

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