第14話 聖液戦争


 ◆◆◆◆◆◆リュート目線


 カフェ・クラシック。

 ここのコーヒーにはホイップクリームが入っていて、とても甘い。

 ウインナーコーヒーってやつだ。

 おっと、ソーセージ的なアレじゃないぞ。


「そうね、ここの席だったら結界を張りやすいわね」


 そういうと、カノンは右手を前に出すと、大きく力を込める。


 瞬間、あたりは緑色になって景色が止まる。


 おおお!

 なんだこれ、すげえ!!!!


「びっくりした? リュート。これが、『結界魔法』。時間の中に歪みを作ってその中に隠れるの。でも、ちゃんと時間は動いてるし、私たちが座ってる席に人が来たりするわ。相手からは私たちが見えないからね」


「ほー。魔法って便利だな。さすがは国王の娘なだけあるわ、尊敬するぜ」


 テルも感心したのか頬杖をついてカノンを見る。


「すごいね、カノン。私、まだこんなに高密度な結界張れないよ」



 俺とテルはカノンを挟んで座る。

 俺たちに尊敬の眼差しを一身に受け、どうやらソーラーパネルの様に発電し始めた。


 しゅう〜と湯気を出すと、ぼふりとショートする。


「て、照れるじゃない。もぉ……」


 カノンは少し鼻の下を擦って照れる。

 やっべ、かわいい。


 じゃなくて。


「じゃ、聞かせてくれ。なんで、ここの次元だけに王女たちが集まるのか」


「そうね、話しましょう。姿勢を楽にして聞いて頂戴」


 カノンは俺の手を取る。

 俺はびくりとして頬を熱くしちまう。

 ダメだ、やっぱりカノンのこのすらっとした指に触れてるとあの時を思い出しちまう。


『じゃあ、私が妊娠したら、どう思うの?』


 背中で感じたあの時の柔らかい手。

 それが今、両手で挟まれてる、俺の手。


「ぶぅ……!!!! なんでリュート君の手を握るのよカノン」


 奥側にいるテルはジトッとした目で俺の手を見る。


 ふかふかの手に覆われた感触に俺はなんだかうっとりしてしまう。

 この出で握ってくれねぇかな、俺のファランクス。


 すると、急にカノンの目が緑色になる。

 何かの魔法でもかけたのか?


「これから、あなたにたくさんの質問をするわ。仮にあなたの血液が沸騰し始めたら、容赦なくこの手を切り落とす。そうならないためにも、違和感を感じたらすぐに頭をこれに打ち付けなさい」


 カノンはそう言うと、俺の目の前に金属の塊を出す。

 これに頭を打ち付けて気絶しろってか?


「分かった、始めてくれ」


 俺はカノンの手を握り返す。


 そして、カノンは緑色になった目を開けた。


「……リュート、死んだことはない?」


 俺の手がびくりと動いた。

 冷や汗がカノンの手に流れていくのを感じる。


 テルは目を丸くするとカノンに茶々を入れて見る。


「……は、なに言ってんのカノン。リュート君が死んだ事あるわけないじゃん。ここにいるし」


 しかし、カノンはその茶々を受け取らない。

 彼女はじっと俺の胸を見つめる。

 グツグツと煮えたぎる様に熱くなる胸。

 何故だろう、だんだん痛くなってきたぞ。


「……なんでそんなことまで知ってるんだよ。そんな前から俺のことつけ狙ってたのか」


「違うわ、昨日あなたを裸にした時にわかったのよ」


「え! カノン今なんて?!」


 テルはその話を聞くと、血相を変えてカノンに噛み付こうと爪を立てる。


「やめてテル。私は今、本当に大事な話をしてる」


 シュバッと左手でテルを止める。

 それは、王女の威厳というべきか、覇気のある発言であった。

 淑女であるテルは、流石にこれは邪魔できないと牙を引っ込めた。


「これからの質問は答えなくていいわ。そのかわり、答えてって言った時は正直に答えて。リュート、14年前、家族全員で旅行に行ったわよね」


「.……」


「その時、リュートは交通事故にあったわよね?」


「..……」


 なんだか胸が痛い。


「車が崖から転落。捜索から二週間経ったものの、飛び散った肉片では誰のものか判断できなかった。そして全員の血痕が残っていたことから、家族全員が死亡したことになっていた。そうね?」


「……」


「そして、あなたはここにいる。どういうことかわかる?答えていいわ」


「……。知らないおっさんが俺を助けてくれたんだよ。木に突き刺さった俺を、枝ごと折って連れて帰ってくれたんだ」


 うっ!?


 なんだ、体がグツグツ煮えたぎってる!

 痛い!

 なんだこれ!!

 胸が焼ける!


「そうね、やっぱり。あなたの傷口に大量の呪いがかかっていたわ。その呪いは間違いなく、魔物が扱う『吸血魔法』。だけど、吸血とは別の方法で使っている事が見たらわかったわ。輸血してるのよ、呪いを使って。リュートはその呪いで生きながらえていると言ってもいいわ」


 次々に語られていく真実に頭がついていかない。

 そしてカノンは、ゆっくりと俺の顔を覗き込む。


 苦痛に顔を歪める俺は、ニヤリと笑う。

 なんとなくは分かっていた、化学じゃ解明できない難病だって言われた時は焦ったけど、それからは全くなんの弊害無く生きてきたからな。


「……なるほど、そこから話が繋がるのか」


 俺は意外にも顔を青ざめずに納得した表情をしていた、と思う。

 その証拠にカノンは俺の手をだんだん緩めていく。

 脈はトクントクンとゆっくり流れ出した。

 どうやら、呪いの主は俺を殺す気は無いらしい。


「ここからはよく聞いて。あなたはあの時、事故にあったでしょ? その時、何か違和感を感じなかった? 答えていいわ」


「……。運転してた父さんは動物が飛び出して来た……とかなんとか言ってた気がする」


 トクン、トクン。


「……それ、多分魔物だと思う。あなたを殺しに来たのよ、私たちの次元の魔物が」


「えっ……」


 俺の脈はまだ正常。


 カノンは急に俺の血液が沸騰しださないか、それだけを確認していた。


 沸騰すれば、即効で俺の右手を切断される。

 そのために、机の上にはすでにヴァイオリン・ティレジアルのボウを構えていた。


「他の次元のリュートはね、全員死んだわ。勿論、魔物の手でね。あなたも死んだ、そのはずだった。でも、あなたを助けた魔物が、魔物が元の次元に帰るまで隠してくれていたのよ。その時の記憶がないのは、助けてくれた魔物が消したから。それだけの話」


「……」


「要は、魔物でもレジスタンスは居るってことよ。きっとあなたを救った魔物は、人間を滅ぼさないために奮起した異端者なのね」


「そう……なのか」


 沸騰はしないようだ。

 トクントクンと調子よく流れる脈は、いつものように正常だった。


「もういいわ、これでテストは終わり。もう、病院も行かなくていいわ。どうせ『謎の病気』とか言われて定期検診に毎週行ってたりとかするんでしょ?」


 カノンは俺の手からするりと綺麗な指を離す。

 その通り、カノンにはすべてお見通しの様だ。


「よくわかるな、そんな事。カノン、まさか俺のストーカーじゃないよな?」


「馬鹿ね、ストーカーする様な価値が自分にあると思ってるの?」


「あるから、カノン達に追いかけ回されてんだぜ?」


「それもそうね、でも私はストーカーなんてしないから。今後ずっとよ、バカリュート!」


 俺たちは談笑を始めると、テルはホッと胸を下ろす。


「さて、そろそろどういうことなのか教えてもらおうかな、お二人さん?」


 牙を剥いたテルはしゅうと肺を鳴らす。

 まずい、なんだかすごいキレてるんだが。


「私以外とエッチなことしちゃダメぇ!!」


 がぷっ!!


「ぎゃぁ!!」


「バカテル! なにやってんの!!」


 結界を解いて早々に暴れまわったために、結局目立つ俺たち。


 バカだよな、俺ら。


 まぁ、それが楽しいからこいつらといて笑えるんだろうな。

 なんだ、悪いことじゃなかったんだ。


 ■■■■■■???目線


 いやはや、いつまで経っても子供のままだな、王女達よ。

 カフェに来たのだから、少しは苦めのコーヒーでも注文すればいいのに。


 さて、久しぶりにリュートの顔も拝めたしそろそろ出るとするか。


 黒い服にサングラス、シルクハットにダブルウォッチ。

 悪くねぇだろ?

 もしや、カフェの中で1番俺がダンディなんじゃないか?


 ……失敬、少しだけ自分に酔ってしまった様だ。

 このことは忘れてくれ。


「ありがとな、ねぇちゃん。釣りはいらねぇよ。いつもの奢りだ。余った金で子供にアイスでも買ってやれよ」


「あっら! ねぇちゃんだなんて! 口が上手いわね! またきてね、サリエリさん!」


 また来るさ。


 俺は彼女の期待に応えるため手を振る。

 ダンディってのはこういうことだぜ。


 そう、俺の名はサリエリ。

 サリエリ以外に名前はない。


 おっと、触覚が帽子からはみ出してやがるぜ。

 窓ガラスに俺の姿が映ってなけりゃ、コイツをぷらぷら出したまま行っちまうところだったぜ。

 ありがとよ、窓ガラス。


 俺はすぐに触覚を押し込んで深く帽子をかぶる。


 まだまだ『吸血魔法』は取り替えなくて良さそうだしな。

 それはあのカノンって子が確認していたからそれでいい。


 じゃあ、また会おうぜ、アディオス。


 つづく。

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