祝3周年 リリイさん

別所高木

第1話 高本先生とリリイさん

高本三洋は海洋生物学者である。


研究室のお手伝いをしている相川藍はいつもの様に研究室にやってきた。

いつもの様に清潔ではあるが、散らかった部屋。

いつもの様に動線の事など何も考えずに置かれている数多くの水槽。

いつもの様に殺風景な研究室に・・・な、なんと!

研究室の一角が綺麗にデコレーションされている!


いそいそと高本先生が飾り付をしている。


「どうしたんですか?先生!?」

「ん?ああ、今日はリリイさんの為に綺麗にした方がいいかなと思って準備してるんだ。」


あれ?今日は来客の予定なんてなかったけど???

まぁ突然の来客って事もあるからね。

リリイさんって外国人?

きっと女性よね!

お茶はあったかな?

あれ、昆布茶しかないや。。。

昆布茶なんか出したら、先生は昆布の話を延々続けるわね。

味のことじゃなくて・・・・まずいわ!

買い出しに行かなくっちゃ!

でも、リリイさんが外国の方だったら、お茶よりコーヒーの方がいいわよね。

でも、もしかして紅茶派の人だったりして、、、

でも、私はコーヒー派だから切らしてることでいいわ。


ドリッパーはある。

ペーパーフィルターもある。

カップはいつものパイレックスで・・・いやダメ!

お客さんにビーカーでコーヒーを出すわけには行かないわ!

コヒーカップは確か上の棚の奥の方にあった気がするけど・・・・

あった!

ソーサーもあるし、小皿があるわね。

小皿があるなら、そうだ!お茶菓子もいるわね。

何にしよう?


和菓子?

先生があんなに喜んで飾り付をする程の人だから、結構上等のお菓子でも問題ないわね。

なににしようかしら?

甲子屋(きのねや)の羊羹なんてどうかしら?

普段食べられないわよね。

いや、まずいわ?味のことじゃなくて・・・、羊羹には寒天が使われている。

寒天の原料は、天草よ。

先生が延々、天草の話をし続けるにちがいない!

残念、甲子屋!

せっかくのコーヒーと、ご機嫌な先生だ!

ケーキよ!

ゼラチンの使ってあるケーキは、ゼラチン→プルプル→ひょんな事から寒天に話が飛ぶかもしれないから、ゼラチンの使ってないやつ。。。。

チョコレートケーキね!

山下堂のザッハトルテ!

複数のチョコレートそれぞれの、持ち味を生かした絶品!

山下堂のザッハトルテよ!

これしかないわ!


相川は朝の作業を終えると、水槽周りの飾り付に夢中な高本先生に買い物に行くと告げ、

そそくさと買い物に出かけた。

リリイさんてどんな女性だろう?

想像は膨らむ一方だった。


・・・・・・


相川が買い物から帰ってくると、高本先生は研究室の飾り立てた一角の水槽の前のテーブルにお花を飾って、くつろいでいた。


これは、やっぱりプライベートな客人だ!

相川はニンマリした。


「やぁ、お帰り。ご苦労様だったね。」

「先生、準備は整いましたよ。もうリリイさんがいつ来ても大丈夫です。」

「リリイさんは、いるよ。」

「?」

「いつも、そこにいるよ。」

相川はびっくりした!ドキドキ心臓が高鳴った。

「私?」

「いやいや、君の後ろの水槽。」

相川の背後の水槽には砂と海水しか入っていない。」

もしかして、小さな生き物がいるのか?

砂に擬態している魚?

相川は全力で探すが全然見つからない。

????

「ほら、よく見て、そこの砂から水管が出てるでしょ。」

砂からわずかに、小さな水管がでて、海水が出入りしている。

相川はじっと見て、ようやくわかった。


「かわいいでしょ、リリイさん」

相川は頭にきた。

「貝???人間じゃないんですか?」

「うん、ハマグリだよ。」

「外人じゃないんですか?」

「うーん、日本人ではないかな。。。」

「女性じゃないんですか?」

「正解!女性だよ!見る目あるね!」

「ハマグリの雌雄がわかるんですか!?」

「わかるよ!」

「どうやって?」

「いや、見た目でわかるよ。リリイさんは凄く女の子らしいハマグリだよ。」

「お・ん・な・の・こらしいハマグリ????」


相川は訳が分からなくなってきた。


「なんで、今日は特別な日なんですか?」

「ああ、ちょうど3年前の今日、潮干狩りに行ったんだ。

もう、なんで潮干狩りに行ったのか覚えてないけど、、、、

その時に見つけたのが、このリリイさん。他のアサリやハマグリはみんな食べたんだけど、この子だけはねぇ。。目を見張るかわいさだったから、連れて帰ったんだ。

だから、今日はリリイさんと一緒に暮らすようになって、3周年の記念日!」

高木先生はご機嫌だ!


「でも、リリイさん以外のハマグリは食べたんでしょ?何がちがうの?」

先生はむっとした顔をした。

「ぜんぜんちがうよ。」

おもむろにタブレットを取り出して、写真を見せた。

写真には潮干狩りの時のバケツの中が写っている。

無数の貝が写っているのだが、高木先生はその中の一匹を指さした。

「これがリリイさん。輝いているだろ!なんかオーラをまとっているというか。

高貴な感じがするでしょ。しかもこんなに女の子らしくて、一目で夢中になったよ。」


だめだ、相川には、ハマグリ、アサリくらいしか見わけがつかない。

何か眩暈がしてきた。


「じゃ、じゃあですよ、先生。そっちの水槽に入っている貝の見分けつきます?」

高本先生は水槽を覗き込んだ。

「んーと、オス・オス・メス・オス・メス・メス・オス」

相川にはさっぱりわからない。

でも、きっと高本先生の事だ、きっと間違ってないのだろう。。。。

だが、目眩の原因はわからないことではない。ぱっと一目で判断できる高本先生だ。

逆に相川には一つの疑問が湧き上がってきた。


「もしかして、先生って、アサリのお吸い物とか食べる時もわかってるんですか?」

「へんな事質問するね。わかるに決まってるでしょ。毎回食べるたびに、オス何匹、メス何匹って数えるに決まってるじゃないか。それがアサリとかシジミの醍醐味だよ。」


!!!!


「もしかして、先生ってアサリのお吸い物を食べた時に最初に頭に思いつく言葉って、、、、美味しい、、とか、、、あったまる、、、とかじゃなくて、、、、」

「確率的には50パーセントくらいだけどオスかな?そうじゃない時は、メスかな?」

えーーーーー!アサリのお吸い物を食べてる時に、オスとかメスって思いながら食べてる人がいるなんて、、、、

世界は広いわ!


相川はなんとなく負けた様な気分になった。

何も勝負はしていなかったのだが、負けた様な気分になった。

もはや、人間の領域ではないと感じた。

こうなったら、潔く祝福しよう。


「先生、リリイさん、同居3周年おめでとうございます。

そういえば、私も3年前の潮干狩りで先生が大盛り上がりしていたの覚えています。

リリイさんは3周年を覚えていてもらって、こんなに祝ってもらえて幸せですね。世界一しあわせなハマグリですね。」

「そうだよね。リリイさん。せっかくの3周年の節目を忘れる訳ないよね。僕が一生しあわせにするからね。」

あれ?あれれれ?なんで3年前に潮干狩りにいったんだろう?

「先生!潮干狩りに行った理由思い出しました!」

「おぉ!せっかくの馴れ初めの理由がわかるとありがたいな。なんだった?」

「私がここで勤め始めて、1週間の時に歓迎会を兼ねてみんなで行ったんですよ!」

「えっ!」

「だから先週が、私がここで勤め始めての3周年だったんです!」

高本先生は完全に動揺している。

相川は、勝利を確信した。


「ほんと、リリイさんは3周年を覚えていてもらって幸せですね♪」


高本先生は激しく動揺した。

「そ、そうだ!相川さんの3周年記念に3年間育ててきたハマグリが。。。。」


高本先生は激しく混乱している。


「せんせい、それだけはやめてください。。。。」



おしまい

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