【KAC8】三年目の妊婦

@dekai3

三周年

ンゥ アッ ングッ


 庭の奥に作られた離れの寝室に、妙齢の女性のくぐもった声が響く。


ンッ アッ ンンッ ンゥ


 女性の声は時が経つに連れて段々と大きくなり、口から漏れ出し、静かな室内には熱気が篭り始める。


アッ アッ アッアッアッ グゥッ


 そして ピチャリ という水が撥ねた様な音がして声は止まり、後には粗くか細い息だけが残る。

 女性の傍らには白衣を着た男性が立って居て、アルコールを染み込ませた布で女性の下腹部を拭いていた。


「はい、今日の触診は終わりです。頑張りましたね、大丈夫ですよ」

「ハァハァ…、はい、ありがとうございます先生、うっ」

「ああ、起き上がらないでいいですよ。寝ていてください」


 先生と呼ばれた男は起き上がろうとする女性を制し、慣れた手付きで乱れた衣服を正す。

 女性はそれを見ながら自らの下腹部を愛おしく撫で、満足げに目を細めた。


「今日も母子共に健康です。このままなら元気な赤ちゃんが生まれてきますよ」


 男はバインダーに挟んだカルテにスラスラと診察結果を書き始めながら、明るい口調で女性を安心させるかのように喋る。


「でも、前は血が出る事がありましたし、心配ですわ」


 口調では心配と言いながらも、男を信頼しているのか少し弾んだ喋り方をする女性。呼吸は既に整っているようだが、まだ額には汗が浮かんでいる。


「ああ、あの時はちょっとした腫瘍がありましたからね。妊娠には余り影響しない物だから大丈夫ですよ。既に切除も終えていますし。っと」


 男はカルテを書き終えたのかペンを走らせる手を止め、今度は大きな鞄の中を漁る。

 鞄の中には挟みやヘラや注射器等の医療道具が入っており、男はその中から紙に包まれた粉薬を取り出す。


「今日は注射もしましたし、暫くは異物感があるかもしれません。新しい睡眠薬を出しておきますのでちゃんと飲んでくださいね」

「苦いお薬は嫌ですわ」

「はは、薬が甘かったら飲みすぎてしまうでは無いですか。苦くていいのですよ苦くて」


 男はベッド脇の机の上に薬を置いて立ち上がり、女性の布団をかけ直す。

 女性はそれを名残惜しそうに見ながら、男に微笑を向ける。


「本当はお見送りしたのですけれど、足が言う事を聞かなくて困ります」

「お気遣いはありがたいのですが、足が動いたとしても妊婦の方には安静にして頂きたいので同じことですよ」

「もう、旦那と同じことを仰るんですね先生は。旦那ったら『お前は自由にすると危ない』と言って私をここに閉じ込めるんですよ?私は鳥ではないと言うのに」

「旦那様も心配なのです。大目に見てあげてください」


 男も女性に微笑を返しながらベッドから離れ、ドアへと向かう。


「では、お大事にして下さい。次は二週間後に来ましょう」


バタン


 男はそのまま部屋から出て行った。

 部屋の中には妊娠している女性が残され、唯一の自由として許された窓の外の景色を見始める。


 そして一人になった事で思い出す。

 今日はの日だったなと。

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