夢々

ひつじのまくら

1話 災難

「わたしはあなたに嫌われたくは

ありません。

けれど少しずつ、あっという間に

あなたの視界から、思考から、心から、

わたしが消えていくと思うと

それだけでとてもつらいのです。」




随分と長い、長い夢を見ていた気がする。


ゆっくりと、閉じていた重い瞼を持ち上げるとそこには白い天井が広がっていた。


「ここは、…?」


唐突に、わたしの周りを囲っていた

カーテンがシャッと開いた。


「目が覚めた?

あなたグラウンドで練習していたサッカー部のボールが頭に当たって気を失ったのよ。」


白衣をきた保健室の先生らしき人がまだ寝起きでうつろなわたしに声をかける。


あぁ、あれはサッカーボールだったのか。


放課後になり、帰ろうとグラウンドの横を歩いていたら、危ない!という言葉から2秒ほど遅れて頭に強い衝撃がきたところまでは覚えている。

もちろん、そのあとの記憶は全くないが。


「それにしても、災難だったわね。あなた転校生の子でしょ??転校初日にこんなんじゃ

たまったもんじゃないわよねぇ。」


そうなのだ。

わたしは高2になるこの春、香川から東京に越してきた。

今日はその転校初日。

本当に、とんだ災難だ。


「頭はどう?痛む?

お迎えをよんだ方がいいかしら。」


「いえ、大丈夫です。歩いて帰れます。」


「そう、じゃあ心配ないわね。

気をつけて帰ってね」


「はい。ありがとうございます。」


そう言ってベッドから降り、

近くに置かれてあった自分のリュックを背負って保健室を後にしようとした時、


「あ!そうそう。あなたが気絶した時サッカー部の、えーっと…そう!瀬尾くんって子が保健室まで運んでくれたのよ。」


保健室の先生が、コーヒーをいれながら思い出したようにわたしにそう言った。


「瀬尾、くん…」


「そう。同じ学年らしいから、会ったら一言お礼でも言っておくようにね。」


「はい、分かりました。失礼します」


保健室を出ると、まっすぐな廊下には夕日が差し込んで景色はオレンジ色に染まっていた。


さすがにもう帰ってるか、

また明日にでも会えたらお礼を言おう。


見ず知らずのわたしを運んでくれたのだからきっと瀬尾くんはいい人に違いない、…そうだったらいいな

なんて考えながら転校初日の学校生活を終え、わたしは夕日に染まった景色の中で帰路についた。

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