3年保証
天鳥そら
第1話壊れるなら保証期間内に
あ~サイアク。やっと春になったのに。これからデートにどんどん出かけられるじゃない?某ネズミが歌って踊るテーマパークだって、海だって山だって、近所の公園だって花見って言いながら恋人と一緒に過ごすんだよ。なのに、やっと受験が終わって遊びに行く計画を立ててたのに。
「ごめん、別れてほしい」
「え?なんで?私のこと嫌いになった?」
「そういうわけじゃないけど……」
ここで私はぴんときた。他に好きな子ができたにちがいない。
「他に好きな人が……できたとか」
「そういうわけじゃないんだけど」
それでは一体どういうことだろう。喧嘩はしてもすぐに仲直りするし、自分で言うのもなんだけど良い雰囲気だと思う。いわば落ち着いたカップルというやつだ。
そんなことをうだうだ話してみると、それなんだよねと彼は言いにくそうに笑う。
「俺ら、確かに落ち着いてると思う」
「うん、うん」
「落ち着き過ぎじゃね?」
なぬっ!?落ち着いたカップルのどこが悪い。彼曰く、確かに居心地が良いんだけど、家族や兄弟みたいで恋人って感じがしないと言う。
「俺としては、他の人ともつき合ってみたいかなって」
ハンマーで頭を殴られるようなショックが私を襲う。確かに落ち着いているかもしれないけれど、決して手抜きはしていないつもりだ。ナチュラルメイクやファッションスタイル。彼に喜んでもらえることって、どんなことだろうとか努力しているつもりだった。
「せっかく、同じ大学に行くのに」
「同じ大学だけど、学部は違うしキャンパスも違うから、ほとんど会えないだろう」
言われてみればその通りで私は都心のキャンパスに通うけど、彼は地方ののどかな場所に建つキャンパスへとこの春から通う。
「週末に会ったりとか……」
未練たらしく食い下がる私の頭をぽんぽんと叩く。
「良いタイミングだと思うんだ。俺ら、離れちゃうわけだし」
私はまったく納得がいかない。全部自分で決めちゃって、私が受け入れるしかないじゃない。涙がこみあげてくるのをぐっとこらえる。
「わかった。これで、お別れね?」
「うん。3年間一緒にいてくれて、ありがとう。楽しかったよ」
楽しかったなら、これからだって恋人同士でいればいいのに、ぐっと唇を引き結ぶ私に微笑んで、じゃあ元気でと去って行った。あまりにもいつもと変わらないから、明日も変わらずに会えるような気がした。だけど、私を襲った衝撃は失恋だけではなかった。
「ずっと使っていた電動自転車は壊れちゃうし!」
高校生活が始まって以来、ずっと使っていた電動自転車がぷすんっと音をたてて、動きが悪くなった。保証期間はと思って保障書を取り出したら、先月でばっちり切れてる。
「保証期間が過ぎた途端壊れるって、詐欺だよね」
深々とため息をついて、自転車をひいていく。近所で自転車を修理してくれる自転車屋さんがあるんだけど、電動自転車も見てもらえるかな。
昔から自転車修理をしているお店で、それはそれは古い。両親だけじゃなく祖父母もお世話になったらしい。さすがに今は流行らないから、道楽で続けてるって聞いた。小さい頃は何度かお世話になったけど、中学・高校になる頃には修理を頼むなんてしなくなった。
「すみませーん」
ガラス戸の奥に自転車が並んでいるけれど、看板はでていない。本当に近所の人だけを相手に商売しているようなお店だ。こんな古くて昔ながらの修理屋さんで、電動自転車なんて見てもらえるかな。
「すみませーん」
返事がないのでもう一度叫ぶ。留守なんだろうと思って、来た道を戻るために引き返した時、ガラス戸がガラリと開く音がした。
「お客さんですか?」
振り返るとぼさぼさの髪に、メガネをかけた背の高い男性がでてきた。おかしいな。息子さんは別の町で就職して、今は二人暮らしのご夫婦だったはず。食事中に語る母のご近所情報を思い浮かべる。う~ん、さっぱりわからない。聞き逃したのかな。
「あの、電動自転車が壊れちゃったんですけど、見てもらえますか?」
男性はちらっと私と電動自転車を見比べて、大丈夫ですよと笑った。中に入るよう手招きしたので、大人しく電動自転車を引いてついていく。
「壊れちゃったの?」
「あ、はい。さっき、土手まで走ろうと思ったら、ぷすんって音がして」
前掛けをした男性はすぐにしゃがみこんで、電動自転車を見ていく。てっきり、うちでは見れませんって断ると思っていたから驚いた。まあ驚いたのは若い男性がいることだけど。少し大人びて見えるけど、もちかしたら同い年かもしれない。
「あの、おじさんはどうしたんですか?」
男性は顔をあげてきょとんとする。それから、ああと言って微笑んだ。
「もしかして、僕のこと疑ってる?」
「昔からお世話になってるんです。店員を置くような店じゃないって、いつも言ってたので」
「僕は甥なんだ。実家が埼玉にあるんだけど、大学に通うのに都合が良いから居候してる」
「大学って、もしかして都内のですか?」
聞いてみると自分と同じ大学だった。キャンパスも同じで、去年から通っているらしい。自転車の修理ならできるからって、たまに叔父の手伝いをしてると電動自転車を見ながら話しだした。
「電動自転車を、見てもらえるとは思ってなかったので助かります」
「今、増えてるからね。自転車なら何でも見られるようにするんだって、僕もだけど叔父も勉強会とかやってるんだ」
「おじさん、すごいんですね」
「お客さんが好きなんだよ。この町にずっと住んでるし、みんな身内みたいなものだから」
あちこち点検をしてから、ため息をついて立ち上がった。
「修理するより、新しいのを買った方がいいね。どうする?」
「もう、だめですか?」
彼と別れた時のことを思い出して泣きたくなった。電動自転車が壊れたことで、彼との仲は修復できないんだと思い知らされた気がした。
「大切なの?」
静かに聞かれてうつむいた。目の前のお兄さんには関係のないことだ。
「いえ、高校三年間、ずっと使ってたから思入れがあって……」
高校に入学して徒歩じゃ無理だから電動自転車買って、ちょうど同じころ彼氏ができて、ずっと一緒だった。卒業と同時になくなっちゃった。卒業するのは高校だけでいいのに。
「大学に通うのに使う?」
困ったような顔をするお兄さんに、ふるふると首を振った。大学に通うのに自転車は使わない。ちょうど良かったんだ。
「いえ、これからは、バスを使うようになるから」
「そう」
「良いタイミングだったんだと思います」
嫌だな。別れた時の彼と同じ言葉を自分が使ってる。お兄さんは少しホッとしようだった。
「それじゃあ、ありがとうございました」
頭を下げて電動自転車を引いていく。一度家に持ち帰って、親に報告してから処分する予定だった。ガラス戸を開けて、道路に出て、もう一度頭を下げるとお兄さんが何か言いたそうにしている。
「あの、何か?」
「よければ、俺の電動自転車、譲ろうか」
どういうことかと首を傾げる私に、お兄さんはちょっと待っててと言って、店の奥に走って行ってしまった。もう一度ガラス戸を通り、店の中に入って待っているとぴかぴかの電動自転車を持ってきた。
「どうしたんですか?」
「これ、先月買ったばかりなんだけど、使わなくなったんだ」
「お店の商品じゃなくてですか?」
「うん。電動自転車ばっかり乗ってたら筋肉つかないぞって、友達にからかわれてさ」
結局、通常の自転車に乗って、体を鍛えるようにしているんだと照れ臭そうに笑う。悲しみでいっぱいだった私の心の奥で、何かが動いた。
「それはもったいないですね」
「でしょ?だから、良ければもらってよ」
お兄さんが支えている電動自転車をじっと眺める。新しくて、新式で私が持っているものよりずっといいやつだ。心が動いた。
「もらうのは悪いですから、半額払います」
「いいよ。おじさんのコネで半額以下で買ったから」
お兄さんの言葉に私は目を丸くする。思わず笑みを浮かべていた。
「じゃあ、もらいます」
「うん。一度乗ってみてくれる?サドルの位置を調整するから」
「あ、はい」
ぴっかぴかの電動自転車にまたがり、サドルに位置を調整していく。足先がつくのを確かめた。
「せっかくだから、試運転してみてくれないかい?」
「そうですね」
電動自転車を店の外にまで引いていくと、お兄さんがマウンテンバイクを引いてくる。もしかして、もしかしなくても、これは……。
「せっかくだから、僕も一緒に行って良いかな?」
やっぱり、自転車デートだ!いやいや、お兄さんにそんな気はこれっぽちもないかもしれない。だけど、ちょっとは夢見たって良いじゃない。気分上昇。春風が吹いてるらら~と歌いだしたい気分だ。
「私は良いですけど、お店は大丈夫ですか?」
「ちょうど、休憩時間なんだよ」
ぺろっと舌を出すお兄さんがかわいい。髪の毛はぼさぼさだけど、ダサいって感じじゃないし、よくよく見たら爽やかイケメンかも。
「じゃあ、せっかくだから公園まで行きませんか?桜が咲いてるんです」
「いいよ」
よっしゃーっ!これは同じ大学に通うことをさりげなく話して、色々相談に乗ってもらおう。もしも彼女がいたら、ささっとかわいい後輩位置をキープすれば良し。
この時ふと思い浮かんだのは元カレの顔。本当なら3周年記念に贈り物を贈る予定だったんだけどな。ちらっと先輩になるお兄さんの顔を見る。お店を閉めて不在を知らせる張り紙している。
今度は永久保証がいいな~。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
お兄さんに元気よく返事をすると、私は地面を蹴って、新しい電動自転車を運転し始めた。
3年保証 天鳥そら @green7plaza
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