第8話 陽菜の事情

 華凛の所属している悪魔研究会とは悪魔を研究するために作られた悪魔好きの少女達のグループである。

 それは陽菜が提唱し、雅が賛同し、後に華凛が加わって今の形が結成された。

 クラスでも一際目を引く生粋のお嬢様でありみんなからの人気もある陽菜が提唱したのにも関わらず部員がこれだけの人数というところに世間での悪魔の人気の無さが伺えてしまう。

 でも、それだけでも良かった。華凛にとっては、静かに暮らせるならばその方がいい。逆に大勢が決起して悪魔を研究するぞと大騒ぎになっても困ってしまう。

 嫌われても困るが注目されすぎても困る。何事もなく平穏なのが一番だ。

 陽菜と雅も今の静かな状況に不満は無いようだった。


 陽菜が研究会の本日の開始を告げるなり、華凛は二人から勧められた普通の椅子に座らされた。

 動こうとすると動くなと指示されたので動かないようにする。

 じっと不思議に思いながら座る華凛の周りを、陽菜と雅は興味深そうな視線を向けてきながらぐるぐる回っていた。

 まるで何も見逃さないぞと言わんばかりの目力で、あらゆる角度から見るように。

 二人から向けられてくる視線に華凛はむずがゆくなって身じろぎした。動くなと言われているので椅子からは動かないようにして。


「な……何なの? 二人とも。これ何の意味……」


 何の意味があるのかは分からなかったが、二人は何らかの結論を得られたかのように視線を緩めて回っていた足を止めた。


「こうして見ると本当にただの人間と見分けが付きませんのね」

「わたしの目にも一緒に見えるよ」

「それはわたし達はずっとこうして暮らしてきたから」


 自分が悪魔だと世間で公表しても良い事なんて何もない。それは例えるならば町を闊歩する煌めくリア充達の中で自分は陰キャのオタクですと公言する行為のような物かもしれない。

 メリットが無いので悪魔達は自分からそうだと名乗ることはほとんどしなかった。

 雅が華凛の背後から忍び寄るような声を掛けてくる。


「でも、何か人とは違う物は感じるよ」

「人とは違うってどこが?」

「うーんと」

「うわっ、雅ちゃん」


 雅がいきなり後ろからくっついて顔を近づけてきて華凛はびっくりしてしまった。

 鼻をくんくんさせ犬にくっつかれたような感触に、華凛はくすぐったくて身震いしてしまう。

 そんな華凛と雅がじゃれつく前方では、陽菜が真面目なリーダーの顔をして何事かを考えていた。


「何か外見だけでは分からない何かがあるのでしょうか。雅ちゃんはそれを感じたと……? どれ、わたくしももっと近くで拝見しましょうか」

「陽菜ちゃんまでくっついてこないでよ。うひいっ」


 華凛は二人にサンドイッチのように挟まれてくっつかれていろんなところを嗅いだり撫でられたりしてしまった。

 悪魔の力を使えばこのような無礼なサンドイッチ状態でも簡単に跳ね除けて抜け出すことは可能だが、華凛には二人の親友を無理やり跳ね飛ばすつもりは無かった。

 二人ともそれなりに付き合いのある友達だ。少し経ってから陽菜と雅は離れてくれた。


「では、堪能したところで研究会の活動を始めましょうか」

「うん、堪能したところで悪魔の研究を始めよう」

「堪能した……? まだ始まってなかった?」


 何か予想と違った言葉が出てきて驚くやら首を傾げるやらする華凛だった。




 悪魔研究会とは悪魔を研究するために作られた悪魔好きの少女達のグループである。授業の終わった放課後に、その活動が今日も始まる。

 陽菜と雅は前々から本物の悪魔を欲しがっていたが、ついに念願叶ってそれを手に入れたので、華凛は二人の注目を浴びる格好の実験台になってしまった。

 いつもより気持ち強めなやる気を感じる二人に、華凛は思いついたことを言う事にする。


「陽菜ちゃんの力ならわたしじゃなくても悪魔ぐらい手に入れられるんじゃ」


 陽菜は学校のみんなも認めるほどの金と権力を持っている。それがどれほどの物なのか正確なところは華凛はよく知らなかったが、みんなが凄いって言うんだから凄いのだろう。

 その力を使えば自分じゃなくても悪魔ぐらい手に入れられると思うのだが……

 だが、そう上手くはいかないらしい。陽菜は顔を曇らせてしまう。

 事情は華凛より古くから陽菜と付き合っている雅は知っているようだ。口を噤む陽菜の代わりに悲しそうに言ってきた。


「それは無理なんだよ、華凛ちゃん。陽菜ちゃんのお父さんは悪魔が嫌いなの。悲しいことに」


 言葉を繋いで陽菜が言ってきた。


「いくらわたくしでも親に逆らって行動は起こせませんわ。こうして学校で活動していることも家には知らせていませんし、前回の悪魔の調査で私的な傭兵を雇ったのもそうした事情からですのよ」

「そうなんだ」


 悪魔を嫌っている人達もいる。それは華凛も知っていることなのでそれ以上言う事はしなかった。

 陽菜が場の空気を明るくするように笑って言った。


「わたくしはこうして学校で活動できるだけでも満足ですわ。親には内緒ですけど。では、悪魔の研究を始めましょう」

「うん」


 自分に出来る事は何か華凛にはよく分からなかったが。喜んでくれるなら協力しよう。そう思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る