1-6 Creeping Death pt.1


 ♤.


 夜闇の中ジャックと桜は明かりの見える建築事務所跡を注視し、ニーリング・ポジションで各々の銃を構えていた。黒づくめの彼女達はまるでその闇の一部のように見える。特にジャックが纏った下から上まで漆黒の装具の狭間から覗いた彼女のブロンドの輝きは月明かりのせいで不気味さを増し、その姿は大鎌の代わりに銃を携えた死神を思わせる。

 何やら奇声が聞こえてきたが自分達が作ったクスリでパーティといったところだろうか。桜はG36C自動小銃のストックを肩に押し付け、脇腹の側で手を振った。「前進しろ」というサインを受け取ったジャックは身を低く保ったまま素早く、静かに車庫の側まで移動する。そして桜は戸口の横で再び膝を付いたジャックが肩越しにOKサインを作るのを夜目でも見逃さない。彼女も事務所の外壁まで同じように移動し、背中を付け、ジャックに向けて敬礼をして見せた。「神のご加護をゴッドスピード」と。そして彼女は瞬刻と共に事務所跡の中へと消えた。

 ジャックは車庫のシャッターに背を預け、耳をそばだてた。男達の談笑が聴こえてくる。そして彼女は携えたMP7短機関銃の握りを左から右に持ち替え、ストックで小突くようにして車庫の入り口のドアをノックした。


 「誰だ!!」


 ガチャガチャと騒々しい音に続いて、それに続いて銃をコッキングする音も聴こえる。ジャックは落ち着き払った様子を崩さぬまま、普段の彼女ならまず出さないような甘えた声を出して言った。


 「あの・・・道に迷ってしまったんですがよろしければ桜芽までどう行けばいいか教えていただけないでしょうか?」


 ジャックは男達の緊張が解きほぐされていくのを感じた。躊躇の数秒の後、「そりゃー大変だったな!今出るから待ってな!」と言う男の声とこちらに近付く足音が聴こえる。目論見は簡単に成立。男がひそめた声で「俺らにもマワせる女が回ってきた」と言ったのもジャックは聞き逃していない。裏稼業の素人、特に下半身でしか思考のできないような連中はこうも簡単に誘導に引っかかる。

 ジャックは音を立てぬようにスリングを引き、MP7短機関銃を背負うようにした。そしてカーゴパンツのポケットに差したカランビットナイフに手をかける。そしてドアが開いた。


 「声を出・・・あ?誰もいねえぞ」


 肌の浅黒い男が一人、ドアの向こうに立っている少女を脅して好き放題犯す為に安っぽい拳銃を片手に構え、表へ出てきたがその少女がいない事に呆然とする。


 「クスリのキメ過ぎで幻聴でも聴いたか・・・?」


 前方を見回しても人の姿どころか気配すら無いうえ、自分が銃を持ってるのに気付いて逃げたとしても足音さえしなかった。一瞬の混乱の後、男はハッとしたように振り返った。開いたドアの反対側は死角に―――


 「 」


 小柄で真っ黒な少女が視界に入ると同時、鎌鼬かまいたちが男の喉笛を切断したために彼は驚愕に声を出す事すら許されぬまま絶命した。力の抜けた死体が倒れて音が響かぬよう、ジャックはカランビットナイフを片手に彼の血まみれの首を掴んで自分が殺めた男の骸にかかる重力もゆっくりと殺す。

 ドアは敵に開かせた。この瞬間敵は何が外で起きているか認知、予測していない。

 有利な要素が少しばかり増え、彼女はいくらか戦い易くなる。兵士の課せられた任務以前、一個人として大切なのは自己の生存ではない。戦場という空間にあっては尚更死は理不尽に身に降りかかる。故に、生存の可能性を1%でも増やす事が最も重要な事である。

 ジャックは後ろに回したMP7短機関銃を再び胸の前に戻すと、安全装置を外して戸の横側に移動した。中から仲間が戻ってこない事に不審感を覚えた男達が騒ぎ始めたのが聴こえる。残っているのは推定二人、今こそ急襲の時だった。ジャックは小さな身体をくるりと回し、舞うように残りの男達の視界に躍り出た。


 「テメェッ!!どっ・・・」


 放たれた彼女のMP7の弾で男達は瞬きのうちに無力化された。消音器サプレッサーですぼめられている為に高速でムチを打ったような乾いた連射音が室内に響き、一人は胸に2つ程穴が開き、もう一人は眉間を撃ち抜かれた。被弾の衝撃で男達は吹き飛び、椅子や製薬に使う品々を倒しながら騒々しい音を立てる。空薬莢が数個地に落ちる音も慎ましくそれに続いた。男達は自衛の為に各々の火器を散らかった机の上に置いていたが、それらはついに役立つ事は無かった。

 男達は机を挟んで向かい合うように座っていた。ジャックは自分の立っている正面、眉間を撃ち抜かれて壊れたCDプレーヤーのように「う」を連呼しながら痙攣している男に数発の追撃を放って彼を幽冥に送った。顔色一つ変える事なく。部屋にいるのはジャックと物言わぬ死者のみになったと思われたが、ヒュー、ヒューと隙間風のような喘ぎが聴こえたのでジャックはそちらを一瞥してから机の上に昇って床に倒れている男を見下ろした。


 「テ・・・テメェ・・・何者だよ」

 

 男は胸に開いた穴を片手で抑えながら、苦痛に歪んだ顔で言った。ジャックは氷のように冷えた抑揚の無い声でそれに応じる。


 「通りすがりの殺し屋さ」


 ジャックは男にMP7を向けて引き金を引いた。再び乾いた射撃音が室内に響き、沈黙が室内に降った。地味な配色の室内にも多少の色味はあったが机の上に立つジャックの姿は白黒映画の登場人物のように色彩が失われ、今や彼女は死神どころか死そのものに見える。そのまま彼女は室内を見回して大量の薬物がダンボールの中に袋詰めや瓶詰めであるのを確認した。


 「車に戻る手間が省けたな」


 いざという時にそれらを始末する為だろうか、ご丁寧に灯油が入っているであろうポリタンクが積まれた薬物の横に置いてあるのも見つけて彼女がそう言った時事務所の方からも銃声が聴こえた。桜の撃ったものだろう。桜は屋内戦闘で敵に先に撃たせるようなヘマはしない。

 ジャックは机から飛び降り、舞った羽が地に落ちるように音も無く着地するとMP7を構えて事務所に通じる戸へと前進した。

 

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