1-5 悪鬼達の夜宴
♡.
人は心を何かに囚われている間、時の進む速度を忘却する。彼女の場合はその心を囚えていたのは恐怖だった。他の感情が入り込む隙を与えない真っ白な恐怖。
「さ、降りようぜ」
男の声で陽菜子は我に返る。陽菜子にとっては車に連れ込まれてからここに辿り着くまでいくら時間を費やしたのか定かでは無かった。男はスライドドアを開くと陽菜子の襟首を掴んで強引に引きずり下ろし、そのまま足を進めた。夜の冷気が陽菜子の身体を撫で、彼女の足の震えをより激しくさせる。
そこはかつて建築会社の事務所として使われていた建物だった。ロクに手入れもされていない為に雑草が茂り、蔓が外壁に足を垂らしているうえに至る所に見て取れる赤茶色の染みが何ともいえぬ不気味さを醸し出していた。事務所の隣側、普通車が4、5台程入りそうな大きさの車庫を指さして金髪の男が言う。
「君に良いモンを見せてやるよ」
そして下を向いて震える陽菜子を見て嘲笑うように鼻を鳴らし、灯りが僅かに漏れる閉じられたシャッターを開けた。その刹那―――
「誰だ!!」
怒声と共に中にいた数人の男の内一人、体格の良い浅黒い男が陽菜子達に向けて拳銃を構えた。
「おー落ち着け落ち着け、俺だよ俺」
「なんだ亮介かよ、ビックリさせんなよな。なんだその女は?」
「いつもみたいにナンパしたんだよ・・・んでキメハメしようってワ〜ケ。リキッドのヤツを少し回してくれねえかな」
浅黒い肌の男が邪悪な笑みを顔一杯に浮かべながら亮介と呼ばれた男と陽菜子の顔とを交互に見る。そして液体が入った小瓶を亮介に投げて渡した。
「いいなぁ、俺も混ざりたいもんだぜ」
「悪いがこのアマは出張組の俺達だけが頂く。今度何人か持ってきてやるから今日はガマンしな」
「ちぇ、こいつより上玉連れて来いよ!」
陽菜子は下を向き気味に横目で内部の様子を窺った。箱のような机の上に散らばったフラスコや試験管、薬品――プラスチックの袋やダンボール。この車庫で何かしらの薬品を製造されているのはどんな愚者が見ても明らかな事だ。そしてそれが法を脅かす物である、と想像する事も容易いだろう。
「こいつはウチで作ってるクスリなんだ。これをキメればどんなにユーウツでも涅槃までフッ飛ぶぜ、それに・・・」
それに続けて亮介は陽菜子の耳元に口を近付け、厭らしい笑みを浮かべながらすぼめた声で囁いた。
「セックスもハンパじゃなくなる。これキメてヤッちまったらシラフじゃイケなくなるぜ?オジョーサマ」
彼がそう言うなり男達は皆甲高い声を上げて笑い、陽菜子は男達の邪悪さと身体を通して発露してもまだ精神をグルグルと掻き回す負の感情に気持ち悪さを覚え、今にも嘔吐しそうであったがその口はテープで塞がれている。
このまま吐こうとして出口を無くした胃液で膨れた私の身体がいずれ弾け、そのまま血と肉と汚物の水溜りになってしまえばいいのに、と陽菜子は思った。自分は生きて帰れるのだろうか?散々辱められた挙句どこかの山にでも捨てられるのだろうか?もし生きて帰れたとしても元の生活に戻れるのだろうか?湧き出す恐れは止め処なく。
「そいじゃあ“お楽しみ部屋”に行こうか。逃げたり助けを求めようなんて思ってもダメだぞぉ?この界隈じゃ悲鳴やテッポーの音が聴こえても誰も助けに来ない決まりになってんだ」
車庫から建物へと続く戸を潜り、陽菜子はこの事務所でかつては休憩室として使われていた部屋の一角へと連れて行かれた。所々が裂けた合皮のソファー、薄汚れたガラステーブルとその上に散乱した注射器や酒の空き缶、と廃れた様子の今となっては休息をとる為のコーナーではなくサディストが酒を飲みながら人質を激しく甚振る拷問室のように思えた。
陽菜子はソファーの上に放り出され、亮介によって口を塞ぐガムテープを一気に剥がされた。痛みで陽菜子の口から喘ぎが漏れる。
「ッ・・・!!」
「おっとおっとごめんな?痛かった?生憎だが俺達、ジェントルメェンじゃないから丁寧って言葉を知らねーんだよなぁ〜」
そう言って再び下卑た笑い声を上げる亮介に、付いて来た二人の悪漢も釣られて笑う。そして肩越しに振り返って彼は男達に言った。
「じゃ、俺らもキメっか」
亮介はジーンズのポケットからプラスチックの袋に入った注射器を取り出すと、スポイトを外して先の小ビンの中の液体を少しばかり注いだ。そして男達の内一人、少し痩せ気味のライダースを羽織った男にそれを差し出した。痩せ気味の男は袖を捲ると一呼吸ついてから針を腕の血管に刺し入れ、スポイトで中の薬品を身体の中へ放つ。その数秒後―――
「ンッ!、 キクゥゥゥゥゥゥゥ!!???!??!?」
痩せ気味の男は奇声を上げて体を痙攣させ始めた。
「あばばばばばばばべばばばばばいいっイイッいいよゴけえええええ!!!!!!!」
「あーもうめちゃくちゃだよ・・・キマり過ぎちゃってんなぁ」
そんな男の醜態を見て、亮介は苦笑を浮かべた。陽菜子もその非現実的な光景に目を見開いて足をより強く震わせ、それに呼応してソファーも地震のようにガタガタ揺れ始める。
悪い夢であって欲しかった。かなり悪趣味で出来が良過ぎる白昼夢。しかしこの嫌な汗も、枯れかかって目尻に溜まった涙も、痛みも、今そこにある
亮介は再び薬品で注射器を満たすと、今度は入れ墨の入った自分の腕に針を刺した。
「ッあー・・・キマッてきたぁ・・・いいゾぉコレ。やぷやっぱけっけっ血管に直接入れるとキマりの速さもちぐぇな」
呂律もロクに回らぬまま彼はそう呟いて小ビンと注射器を“まだキメてない”男に渡すと、グラグラと体を揺らすようにしながら陽菜子の側へ歩み寄った。
「つぅぎはお前の番 ダ よぉ」
陽菜子は小さく首を振ったがその瞬間、飛んできた亮介の拳をもろに食らってソファーの端に吹き飛んだ。薬物の為か一切加減の効いていない殴打に彼女は気を失いかけるが、まだ意識もハッキリしていないのに襟首を掴まれて引っ張り起こされる。
「やめてッ・・・!お願いだから、やめてくださいっ!」
「おマエ自分ンの立場解ってんのォォ?お前マワされんだよ。オレらに、アサまで」
そして亮介は陽菜子の制服の胸元を両手で掴むと開き戸を開けるように引き裂いた。彼女の下着が露わになると、亮介は彼女の胸の谷間に顔を突っ込んで獣のように匂いを嗅ぎ始めた。ヤスリを擦り付けるように鳴る鼻に気持ち悪さを覚えた陽菜子の眼には再び涙が溢れ始めた。そんな事など気にも留めない彼の手は彼女の陰部へと伸びる。
天使が世界の何処かで飢え死の間際に自らの名を呼ぶ
そしてその静寂を裂くように、しかしまたそれも穏やかな水流の如き静けさで、かつ素早く近付く足音に彼らは気づく由も無かった。
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