1-3 初期微動

 

 ♡.


 

 空はもう日が沈みかけていた。夜の気配が街に影を落とし、世界を灰色に抱き潰そうとしている。

 家に着く頃にはもう真っ暗になってるだろうなぁ、と考えながら陽菜子は家路を急いでいた。彼女は理沙と公園でクレープを食べながら、談笑して時の経過をすっかり忘れてしまっていた。

 理沙が連れて行ってくれたクレープの屋台は絶品だった。しかし、彼女にとっては理沙と一緒に食べれるならなんでも美味しかったし、幸福も心を満たしてくれる。また明日会える大好きな友の事を考えて陽菜子は微かに微笑んだ。


 家まで後10分程の距離まで歩いてきてふと、別れ際に理沙の言っていた事が陽菜子の脳裏を掠めた。


 「そういえばさぁ。最近女の子を攫って無理やりズッコンバッコンレイプする輩がここらへんに湧いてるらしいから帰り、気をつけなよ?」


 その良いざまに陽菜子は吹き出しかけた。


 「り、理沙ちゃん・・・言い方が卑猥だしストレートすぎるよ・・・」

 「は?何が?」

 「いや、もっと濁した言い方があるんじゃないかなって・・・」

 「かーっ、またまたァ見た目が清楚な女が中身まで清楚な事を仰ると来た、私が男だったらこんな子めちゃくちゃに犯しちゃうね」


 陽菜子は沸騰しそうな程に顔を真っ赤にした。理沙はそんな彼女を見て悪戯な笑みを浮かべて続ける。


 「まあヒナはもっと自分がカワイイってのを自覚した方がいいってマジで。手順を踏まずにエロい事しようと企む奴らなんてそこらへんにいるんだからさ」

 「それだったら理沙ちゃんも気を付けた方がいいよ!理沙ちゃんも可愛いんだし」

 

 実際、陽菜子はこれといった取り柄も無い自分に比べて整った顔をしている上に愛嬌もあって皆から愛される理沙と自分の魅力など比べ物にならないと本気で思っていた。


 「えーっ!まあイケメンにだったら襲われてもいいかなー、なんつって」

 「私は理沙ちゃんにだったら襲われてもいいかなって思うけど・・・」

 「へ?何て言った?」

 「ううん!なんでもない!」


 理沙が言う自分の魅力を認めた訳では無かったが、彼女が言った「無理やり淫らな事をしようと企む連中がそこらにいるから気をつけろ」という警告に、何やら不吉な予感がしたのを陽菜子は思い出した。

 しかし彼女はううん、まさか自分がとかぶりを振る。そんな事、自分の身にと。

 そんな矢先、陽菜子の側を通り過ぎた軽バンがゆっくりと止まった。陽菜子が何かを予感して振り返ると、後ろのスライドドアから金髪の男が降りてきた。彼の右腕には鯉のタトゥーが入っており、手には何かが握られていた。


 「ねえ、君!」


 不良者を思わせる見た目の男に声をかけられ陽菜子はビクッと肩を震わせる。外はもう、相手の顔がろくに見えない程暗くなっていた。


 「な、なんですか・・・?」

 「いやー君が落とし物してたの見てたからさ、届けてあげようと思ってさ」


 言う男に、そんな覚えは無いですがと彼女が言おうとした瞬間男は右手を突き出した。陽菜子が彼の手に握られた物が何かに気付き戦慄したと同時に爪を切るような音を立ててが開いた。


 「ひっ・・・!」

 「おい声出すなや。次何か言ったら刺しちまうからなテメー」


 男がその手に握っていた物は鋭い飛び出しナイフであった。陽菜子の足が小刻みに震え出す。


 「女の子を攫って無理やりレイプする輩がここらへんに湧いてるらしいから帰り、気をつけなよ?」


 陽菜子の脳内でさっき理沙が言った言葉が止まる事無く繰り返し再生される。恐怖で思考が麻痺させられ、自分の不幸を呪う余裕も今の彼女には無かった。


 「車に着いて来い」


 男が歩き出そうとしても、陽菜子は恐慌のあまり動き出せずにその場で震えているのみだった。男はそんな陽菜子を見て舌打ちすると彼女の髪を掴んで引っ張った。


 「痛ッ・・・!」

 「喋んじゃねえつったろコラ」


 男は騒ぎにしないよう声を低くさせたまま言って、陽菜子の腹部に膝で蹴りを入れた。陽菜子は痛みに小さく呻き声をあげつつも、従わずにまた暴力を受けるのを恐れて歩を進めた。

 

 怖い。苦しい。痛い。


 ついには陽菜子の感情が堰を切ったように涙となってぽろぽろと溢れだした。男はそんな陽菜子に目もくれず、車の側まで来ると彼女を車内に押し込んだ。


 「さて、お口チャックと」


 男はスライドドアを閉めるとあくどい笑みを浮かべて陽菜子の口をガムテープで封じ、彼女を無理やり倒して結束バンドで後ろ手に縛った。


 「マジでベッピン捕まえちまったぜ。後でたくさん使ってもらうからお口に唾、溜めといてくれよな〜」


 そう言った金髪の男に前の座席の連中が下品な声で大笑いする。


 「そいじゃあ、出してくれ」

 

 男が言って、車が発進する。陽菜子の思考にもう二度と生きて会えないかも知れない友の顔が浮かび上がった。

 

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