1-2 BEHAVIOR pt.2

 ♤.


 同時刻、高山県天使あまつか市――――

 

 県庁所在地である桜芽さくらめより離れて西側約20kmに位置するこの街は名前から天使てんし達が住む街、を想像できるが皮肉な事に高山に住む人間からは“高山一治安の悪い街”という悪名で有名であった。

 県内のみならず東京での薬物犯罪も元を辿ればこの街に辿り着く事が多く、パトカーのサイレンが鳴り止まない危険な退廃地域ゲットー、昼間でも陽の光が当たらない街である。それに加えてこの街には知る者ぞ知る不思議なローカリティがあった。

 治安が悪く近寄り手が少ないという事が隠れ蓑として働くのか、この街には悪党達に紛れて日本国内で活動する各国の諜報組織―――CIA、FSB、MI6といった連中―――や存在が秘匿された特殊部隊の工作員オペレーターが潜み、セーフハウスやアジトを構える奇妙な街。そして彼女達も例外でなかった。


 桜とジャックはこの街にしては小奇麗なアパートの二階まで大荷物を背負って階段を上がり廊下を歩いて真ん中程、一室のインターホンの呼鈴を鳴らした。

 彼女達は二人とも似たような格好をしていた。ジャックは黒いパーカーに同じく黒いカーゴパンツ、アクセントに黒い眼帯。桜も黒いパーカーに濃紺のジーンズ。そして両者共に軍用のバックパックとギターケースを背負っていた。

 ギターケースに何が入っているのか知らねば二人は練習帰りのバンドメンバーに見えたであろう。


 「誰だ」


 インターホンからドスの効いた声が聞こえた。桜はそれに怯む事無くかわいこぶった声で返す。


 「ピザの配達ですぅ。早く開けてもらわないと冷めてしまいますよぉ」

 「頼んだ覚えはないな」


 プツッと音を立ててインターホンの接続が切れた。


 「あのクソジジイ相変わらずジョークってもんを知らねえよな・・・」

 「桜が面倒な事を言うからだ。最初からコールサインと要件だけ言ってればすぐに入れた」


 そう言って悪態をつきながら呼出ボタンを連打する桜を眼帯の少女、ジャックは冷たくあしらった。


 「はいはい、あんたもジョークが通じないカタブツですよっと。あのジジイとお見合いでもしとけバーカ」

 「なんだ」


 再びインターホンからドスの効いた声がする。


 「“チェリーボム”と“ジャックドウ”。タイムカードを押しに来た」


 再びインターホンの接続が切れ、少ししてからドアのロックが外れる音。

 儀式が終了して、二人はドアを開けて玄関で靴を脱がずにそのまま土足で上がった。一室と言っても1LDKだった部屋の壁を抜いて隣と繋げているのでリビングはかなり広かった。真ん中にはオーク材製の上等なテーブルが置かれており、上には灰皿や飲みかけのビールの缶、地図に書類で散らかっているが他は小綺麗にソファーやテレビ、本棚といった家具が置かれ、誰の家でも拝めそうな一室であった。

 部屋の隅にライフルや防弾着プレートキャリア、弾倉や軍用のポーチ、と。ちょっとした戦争を始めるのに充分な装備が収納された棚があるという異質さを除けば、だが。

 ソファーに座り、テレビに繋いだゲーム機でFPSを楽しむ二人の内一人、髪をソフトモヒカンに刈り上げた痩身の男が入ってきた桜達に気付いて声をかけた。


 「よう、桜」

 「うっす“ジーザス”。ゲームばっかしてると目悪くするぞ」

 「家にいてもする事ねえしここでも同じ事よ。まあ、トレーニングの一環みてえなもんだ」


 桜は抜けた返答にフッと笑う。

 彼女達は仕事の性質上それぞれにコールサインが割り当てられており、桜は“チェリーボム”、ソフトモヒカンの男は栗栖斗真くりす とうまという本名をもじって“ジーザス”をコールサインとしていた。Jesus Christ、と。


 「早速業務内容を伝えるとしよう」


 ドスの効いた声の主、スキンヘッドに蓄えられたヒゲ、鍛えられた屈強な体という凄みのある外見をした“モンク”の荒井がテーブルに椅子を引っ張りながら言った。


 「ここまで頑張って来たんだからさー、タバコくらい吸わせてくれる?」


 と吐き捨てて桜はソフトのマールボロをポケットから取り出し、口に咥えた。そしてJMSDF海上自衛隊の刻印と共に錨と桜の絵があしらわれたオイルライターで火を灯す。


 「吸いながら聴け」

 「へいへい」


 ジャックが隣で表情も浮かべず煙をパタパタと手を振って避けるのを見て、桜はきまり悪そうな顔をした。


 「最近調子に乗った半グレ共が武器やらクスリやらをこれ見よがしにバラ撒いてるらしい。ポリ公に何かしらのパイプがあるらしく一向にパクられる気配が無い。アジトの1つがここだ」


 そして荒井はテーブルの上に広げられた市内の地図、影の人間を隠すにうってつけの入り組んだ街の一角に鉛筆で丸をした。


 「おっ、近いじゃねえか」

 「“ジーザス”と“デクスター”の調べではここで半グレ集団のヤクのほとんどが造られているらしい。ちょっとした工場だな。上はこいつらが調子に乗って関東圏のワルのバランスが崩れるのを危惧してる」

 「んで、こいつらを狩ってこいと?」

 「そうだ。武器は消音し、静かに殺せ。そしてアジトごと燃やしてやれ」

 

 話を盗み聞きしていた栗栖が冷蔵庫から缶ビールを取り出しながら茶々を入れた。


 「相変わらずこのオッサンは容赦ねえよな。修道僧モンクなんてのも名ばかりだぜ」 


 栗栖は桜にビールを1つ渡し、自分の分の栓を開けた。栗栖の軽口に硬い笑みを浮かべ、荒井は応える。


 「こんな悪党共を地獄に落とす為に俺達“黒鎧こくがい”がいる。業火に焼かれる前に予習させてやるだけ慈悲深い方、さ」

 「ヘヘへ!!!違いねえな」


 栗栖が甲高い声で笑いながらソファーに戻った。ジャックはと言うと一人会話に交じる事も無く地図を凝視している。侵入経路、脱出ルート、またそれらが使用できなくなった場合など様々な要素を確認する為に。


 「まあ俺らにとっては朝飯前みたいな仕事だ、二人で充分だろう。作戦立案が終わったら声をかけろ。そんな時間かけるなよ」


 そう言って背中を向ける荒井に桜はやれやれとでも言いたげな顔をしつつ、ジャックに言った。


 「だ、そうだ。どういう行動を取るかクリアにしよう」


 ジャックは頷き、窓の外を見やった。

 昼が眠り、夜が目覚めかけているのをジャックは感じる。

 正体の無き恐怖、悲哀、憤怒、様々な負の感情、それを予感させ、生者の心身を蝕むこの星の暗礁―――深遠なる夜闇の中で殺し屋である彼女の日常が始まろうとしていた。

 




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