第27話:思い出をもう一度
卒業式の日、平沢北は独特の風習がある。
卒業式が始まるまでそれぞれのクラスに集まって、先生方が制作した映像を見るのだ。
それがまた、生徒たちを泣かせようと気合を入れているせいで、式の前だというのに泣く生徒が出るほどなのだ。
「『絶対に泣くわけない』とか言ってたくせに無様なことね!」
「うっせー! 先生だって半泣きのくせに!」
数学好きで、柳瀬先生とバチバチと議論を重ねていた男子が叫ぶ。
「先生は大人だから、泣いても化粧を直せば誤魔化せます。残念でしたねガキども!」
「先生それズルいよー!」
女子たちも泣きながらヤジを飛ばす。
柳瀬先生は担任になってクラスを持つことを最初は快く思っていなかったそうなのだが、今ではクラスみんなから信頼されて愛されている。
頼れる美人な先生は女子からの恋のお悩み相談やメイクの相談も受けたりしていた。大抵は『若いってだけでどんな化粧にも勝るのだから勝負しやがれ』と跳ね除けていたが、それはそれで先生からの愛だったのだと思う。
机を教室の後ろに下げて、みんなで大きなモニタを見ている。
「……」
私は列の最後尾で、流れる映像を複雑な気持ちで見ていた。
(……やっぱり、覚えてない……)
間違いなく楽しかったはずなのに全く覚えていないような、そんな瞬間がある。
覚えているところももちろんあるのだが、映像の時系列がパターンシンドロームがひどかった時期になると、ぽっかり穴が空いたような空白を味わう。
エマちゃんはそばについていようとしてくれたのだけれど、気遣いは嬉しかったのだけれど。私は断って一人でいた。
彼女は私の様子を見て、『うちは気にしないからね』と言った。
それは『あんたがうちらとの思い出がなくても、うちは気にしない』というメッセージでもあり、気遣いを断ったことも気にしていないというダブルミーニングでもある。
「……」
今頃、光太と佳奈子も自分のクラスでこういう映像を見ているのだろう。
この時間が早く終わればいいのに。
みんなが楽しんで思い出を懐かしんでいる中、そう願ってしまう自分が、姑息で醜くて大嫌いだ。
映像を見るのも、みんなでわいわい話すのも終わって、午後の式までに体制を立て直す時間。
泣き顔の女子は水飲み場やお手洗いで顔を洗ったり冷やしたり、男子たちもそれぞれで対応している。
「…………」
先生方が出ているのでスマホも解禁。
声をかけられなかった光太にメールを送ろうとすると、文面を考えている最中にメールが着信した。
『from: 光太
大丈夫?』
「……」
涙が出そうになって、お手洗いに駆け込む。
弱音を吐きそうになる自分を叱咤し、文を考えて打ち込む。
『to: 光太
ありがとう。大丈夫だよ。
今日、どこで待ち合わせにする?』
送信すると、すぐに返信。
『from: 光太
良かった。
式終わったらまたメールするよ。まだ寒いし、学校の中で暖かくして待ってて』
彼はいつも優しい。好きだ。言葉交わすだけで勇気をもらえる。
了承の返事を送る。
「よし」
息を一つ吐いて、鏡に向き直る。
私はもう忘れないから大丈夫。自分にそう言い聞かせて、手を洗ってから教室に戻った。
「ミサッキー、大丈夫?」
「うん。……心配かけてごめんね。もう大丈夫」
「よっしゃ。ラストホームルームで柳瀬先生泣かしたろうぜ。いまメッセージ考えてんのさ」
クラスメートは寄せ書きを回したり、ニヤリと悪い笑顔で手紙の文面を話し合ったりしていた。
「私も参加していいかな」
「もちろん。っつーか、読むのミサッキーにやってもらおうって話あがったとこよ」
え。
「そ、そういうのは美代ちゃんとか、学級委員さんした人に……!」
「美代ちゃーん、ミサッキーやるってー!」
「やった。ミサッキー、これ原案ね!」
「わー⁉︎」
色々あるけれど、お昼ご飯を食べながらわいわいと時間が過ぎていく。
中学の頃より学校が楽しい。楽しかった。これで最後かと思うと寂しいけれど、それでも楽しい。
柳瀬先生が戻ってきて告げる。
「あと10分で卒業式です。整列して移動しますから、トイレに行きたい人は今のうちにね」
返事をして、みんなで廊下に出た。
1組から順に体育館に入場する。
人混みが苦手なリーネア先生がどこにいるかなんとなく探していたが、見当たらない。
……いや、居た。周囲が心霊現象か何かかとどよめいて見ている保護者席の端の方に、二つ空席が並んでいる。なのに誰かが座っているということだけわなる。
そこにいるはずなのに見えない何者かがいるという状況は、彼らが普通に姿を見せるよりも異様に目立っている。
「……っ……」
姿も見えないし声も聞こえないが、きっと先生は『なんでみんな見てくるんだ』ってお姉さんに文句を言っているんだろうな。椅子が少し揺れている。
私たちの先頭の柳瀬先生は少し震えていた。周りからは涙をこらえていると思われているだろうが、柳瀬先生と長く向き合ってきた私にはわかる。彼女は笑いを必死で堪えている。
卒業生全員が席に並んだところで、司会役の教頭先生が号令をかける。
「着席」
一礼して椅子に座った。
退場のときには、こちらに手を振る紫織とルピネさん、彼女たちの膝上のパヴィちゃんとセプトくんが見えた。小さく手を振り返す。
姿がないのに普段と全く変わらない妖精さんたちの様子や、友人達の優しさを感じて、私も元気が出た。
覚えていないことを負い目に感じてしまうのは仕方ない。忘れてしまう私への罰だ。
だからといって背を向けたままでいないで、クラスメートたちとも話そう。学校に通う最後の日なのだから。
そう考えて勇気を出せば、みんなは鷹揚に応えてくれる。
手紙を読むのも引き受けて、柳瀬先生が職員室から戻るのを、ワクワクしながらみんなで待った。
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