第26話:小さな子
「おはよ、ミサッキー」
「おはよう、エマちゃん」
朝のホームルーム前に、エマちゃんとお話。この日課も今日で最後だと思うと少し寂しい。
「ミサッキー。今日の夜、クラスで卒業おめでとう会やるけど、来る?」
「あ、私光たぇっあ」
「……。あんたも成長したもんだわね」
「そ、そんな。そんな温かい目で見ないでエマちゃん……!」
思わず口に出しちゃっただけなんです!
「なになに。デート?」
「……ん……あのね。学校の近所の神社さんに、ご挨拶に行こうって話してて……」
「神社……? うちの近くって、心霊スポットしかなかったと思うけど」
「え? でも、紫織もあるって言ってたし……」
「…………いやまあ……神社自体はあるけどね……うーむ。人の気持ちにニブニブな代わりに本能センサが強いもりりんが安全っていうならいいんでしょうけど」
「?」
リーネア先生も挨拶しに行ったそうだし、お膝元で見守られていた私もと思ったのだ。神社に何か問題でもあるのだろうか。
「でもさ、陸部って毎年、式終わったら送る会やるじゃん」
「うん」
男女混合で人数の多い陸上部は、規模の大きな送る会をして、食べ放題やバイキングが選べる店で集まる。
「そこはどうなっとるんかな」
「あ、えっと。式終わった後で部室に集まるところまで参加して、焼肉屋さんは参加しないって」
「断るの上手くいくんかね」
「え?」
「もりりん、周りから信頼されてるタイプだしさ。案外付き合い断りにくいかもじゃん」
「……そっか。光太、人望あるから……」
今でもたまに陸上部の後輩さんから声をかけられて話しているのを見る。
「ま、あんたとの約束ほっぽかす奴じゃあないっしょ。集合までまだ時間あるし、ちょっと話しに行ってきたら? 確認のつもりでさ」
「うん」
人付き合いって大切だもんね。
私はぼんやりとしているから、こういう細かなところに気付いて伝えてくれるエマちゃんの気遣いが嬉しい。
「ちょっと行ってきます」
「いってらー」
3の2教室を出て、右側にある3の5へ向かう。
しかし、向かおうとしたところで周囲を警戒して左側も向いたとき、視界に見慣れないものが映った。
小さな女の子がとてとてと歩いている。
「……」
顔立ちがシェル先生によく似ていて、幼いのに『美しい』という感想が前に出る子ども。不思議な艶に照る銀髪の女の子の名前は、確かパヴィちゃんだったと思う。
背中にワニを模したリュックを背負って、3の1側の階段へと歩いていこうとする。
周りの生徒も気にはしているのだが、見た目が日本国籍ではない異種族であることによってか、話しかける人はいない。
「ぱ、パヴィちゃんっ」
追いかけて呼び止めると、彼女が振り向く。
足を止めて振り向いただけなのに美しく、気品が漂っている。
「……京。こんにちは、です」
ぺこり。
紫織の受験お疲れ様会で顔を合わせた時は話したことがなかったが、覚えていてくれたみたいだ。
「どこに行こうとしてるの? 一人?」
「ユーリのところ。紫織が迷子」
紫織と来てはぐれたのか。
ユーリは……養護教諭の高宮悠里先生のことだろう。
「悠里先生、こっちじゃないよ。反対側の階段降りていった方がいいよ」
「…………。抱っこ」
「あ、うん……」
両腕を軽くあげて抱っこを催促する姿が可愛い。
慣れないながらも抱き上げさせてもらう。……子ども体温で温かい。
「パヴィちゃん、悠里先生と友達なの?」
「うん。わたしが赤ちゃんのときから知り合い」
「そうなんだ」
反対側の階段にたどり着いた。さすがに抱っこしたまま階段を降りる自信はないので、パヴィちゃんには床に降りてもらう。
「おてて繋いで?」
「…………。うん……」
見上げる姿が可愛すぎて悶えてしまいそうだ。
小さな手を握るとこれまた温かい。
「今日ね、卒業をね、祝ってあげるの。お父さんとお母さんの代理なの」
シェル先生とアネモネさんは用事があるらしい。
「なのに、紫織とセプトとお姉ちゃんが迷子になったの」
「……パヴィちゃんの方が迷子さんかもしれないよ?」
というか絶対にそうだ。
「違うもん。わたし迷子じゃないもん」
「どこではぐれたの?」
「紫織のおうちから学校までお散歩してたらね、わたし一人だけ学校に着いたの。だからみんなは迷子」
迷子とは道に迷った子ども、または連れとはぐれた子どもを指す表現。
彼女からしてみれば目的地である平沢北高校にたどり着いているから迷っていないし、目的地にいない残りの3人の方が迷子。そういう理論なのだろう。
「……そうかもしれないねー」
「そうなの。お姉ちゃんまでみんな迷子なんて、困ったひとたち」
喋りながら歩くうちに保健室に着いた。
ノックをして入る。
「失礼します」
「します」
パヴィちゃん可愛い。
書類を書く高宮先生が顔を上げる。
「あら、三崎さん。どうしたの……って、パヴィちゃん? こんにちはですねえ」
「ユーリ。こんにちは、です」
ぺこり。
彼女は小さな身長でもきちんと背筋を伸ばしたまま頭を下げる。
背負ったワニさんリュックまでお辞儀しているみたいで本当に可愛い。激写したい。
「紫織が迷子さんになったの」
「そうなんですかあ……紫織さんのことは存じ上げませんが、たぶんパヴィちゃんの方が迷子さんですね」
「紫織が迷子さんなの!」
彼女にとって、そこはどうしても譲れないポイントらしい。
「はいはいそうですねえー。お姉ちゃんとセプトくんは?」
「お姉ちゃんもセプトも迷子さんなの」
「パヴィちゃん迷子ちゃんですねー」
「意地悪。ユーリ、嫌い! わたし迷子じゃないもん‼︎」
ぷんぷんするパヴィちゃんを手早く抱き上げて、高宮先生が私に会釈する。
「届けてくれてありがとう、三崎さん」
「あ、いえ……保護者さんに連絡は……?」
私もルピネさんの連絡先は持っている。紫織のも。
「パヴィちゃんのお姉さんの連絡先は、きちんと持っていますよ」
もしかしたら、高宮先生はローザライマ家全体と知り合いなのかもしれない。
「どうか心配なさらないでくださいね」
彼女が時計を指差して苦笑いする。
「そろそろ集合時間ですし、あとはお任せくださいな」
「あっ……」
集合時間の4分前だ。
「ありがとうございました。お願いします」
「はい。……ほら、パヴィちゃん。お世話になったお姉ちゃんにお礼しましょう」
「うー……」
高宮先生の腕の中でぐすぐす泣いていたパヴィちゃん。それでも凛として私を見て、私の手をそっと握る。
「ありがと。ばいばい」
「うん。バイバイ、パヴィちゃん」
パヴィちゃんには手を振り返し、高宮先生には一礼して保健室を出る。
あの可愛さは癒し成分MAXだった。
ほくほくした気持ちで3の2に駆け戻ると、エマちゃんにこう言われた。
「もりりんと話せた?」
「……あ」
――*――
「パヴィちゃんはどうしてここに?」
「卒業式、見に来た」
「まあ。誰かお友達がいるんですか?」
「光太」
「……森山光太くん?」
「そうだよ」
「パヴィちゃんにお友達ができるなんて。ユーリは感動です」
「京も佳奈子も友達」
「だから祝福したのですね」
「でも、佳奈子、今日はお休みなの」
「あれ? 藍沢さん、インフル終わったのでは?」
「いろいろあったの」
「そうなんですかあ。ですよねえ。若いといろいろありますものね」
「ユーリ、お姉ちゃんに連絡ついた?」
「はい。ルピネさん、保護者受付を済ませたら、ここに来るそうですよ」
「ん」
「……ほんとは自分が迷子だって、薄々わかってるのでしょ?」
「んむ……」
「きちんとお説教を受けてくださいね」
「……がんばる」
「はい。応援してます」
「ミト見ていい?」
「どうぞ」
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