第9話 :走り続けろ
白頭巾についてわかっていることリスト。
1.彼らは3人組もしくは一匹狼で行動する。
2.彼らは幽霊を見つけると太鼓を打ち鳴らして追いかけ始める。
3.彼らは走らない。しかし、歩く速度は常人の小走りほど。
4.3人組の場合は、太鼓を打ち鳴らした直後に残り2体が集まってくる。
5.3人組と一匹狼のどちらだとしても、一度太鼓を鳴らせば必ず鳴らし続ける。
6.一日に3人以上の白頭巾を見かけたことはない。
7.屋内には入ってこない。
8.夜になると消える。
7番目は今日限りで裏切られた。
「キャラ設定に忠実になりなさいよね……‼」
太鼓の音は背後10mくらいから聞こえてくる。あたしは走るのが遅いし体力もないしで、相手が直線状に居る限りは、一気に走って距離を取るより一定の距離を保ちながらひきつけ続けた方がいい。
そして、たまに階段を利用して加速する。あたしは平地を走るより高低差がある場所を走る方が得意だ。
相手が3人組ならまだましだったのに、今回に限っては一匹狼。知能が高い個体。
背後から音が聞こえなくなったと思ったら、あたしが通れない2階と3階を利用して、あたしの行く場所に先回りしてきたりもする。簡単な表現を使っているけど、かなりタイミングが良くて心臓に悪い。しかも、階段を駆け下りようとした瞬間にぬっと現れたりする。
でも、前の方に太鼓の音がし始めるからわかりやすい。その場でターンし、近くの鍵開き教室に飛び込んでから、白頭巾が入ってくるのを待つ。入ってきたら反対側の出入り口を飛び出して逃げる。
捕まった瞬間に終わるような鬼ごっこをするなら、鬼の居場所をある程度把握できていた方が逃げやすい。
「っ!」
1階を走っていたら、前方に用務員さんが歩いているのが見えた。
しかし、卒業式をほったらかして必死の形相で走るあたしを見ても、驚く様子がない。
試しに片腕を広げながら、用務員さんに手をぶつけるように駆け抜ける。
――手が透けた。
「…………」
座敷童とうそぶいても、あたしは幽霊だ。
わかっている。
「負けない……」
あたしを《藍沢佳奈子》だと信じているおばあちゃんのために、あたしは捕まるわけにはいかない。死にたくない。
まだあたしはこの世で存在していたい。
意地汚くてもみっともなくても、この世にしがみつこう。
……でも、白頭巾があの世からのお迎えなのだとしたら、随分と不気味な天使だと思う。
(和風の天使なのかしら?)
太鼓の音が背後から消えているのに気付く。
これは……どこか曲がった?
「……」
立ち止まらずに横目で振り向く。
白頭巾は太鼓を叩くのをやめて停止していた。
「え」
これは鬼ごっこ終了?
と、思った瞬間――白頭巾がダッシュをかけるのが見えた。
「はっああああ⁉︎」
速い。あたしの足では追い付かれる。
っていうかこいつ、こんなに速く走れるんなら何で本気出さないの⁉
(まあ、本気出されても困るんだけど……‼)
咄嗟に、空き教室に飛び込んで戸を閉めた。草履の音が教室の前を急速に通り過ぎていく。
居なくなったのを確信できるようになってから、詰めていた息をようやく吐いた。
「な……なんだったのよ……」
こっそり戸を開ける。……白頭巾は見当たらない。
時計を見れば2時過ぎになっていた。コウも教室に居るだろう。
階段を飛び降りて2階を目指す。
下校を始める生徒に混じって、白頭巾がいた。
「…………」
目が合う。
太鼓を鳴らしながら、あたしに向かって歩いてくる。
「あーもー……!」
さっきの勢いのまま、出ていけばいいのに‼
「あっ、藍沢! お前今までどこに、」
背後から笹谷先生の声が聞こえたが、立ち止まる気はない。
「いまはっ、無理です‼︎ あとにして下さい!」
人ごみの横をすり抜けて、白頭巾を回避。そのままコウが居る教室まで走る。
コウに会えさえすればなんとかなる。
1の5に飛び込んだ。居なかったあたしが入ってきたことに驚いているクラスメートが何人かいるけど、あたしの目当てはそいつらじゃない。
窓際でバスケ部と話していた死亡フラグに駆け寄ると、フラグはあたしが急いでいることを察してか『ちょい待って』と話し相手にタイムをかけてくれた。
「どしたん?」
「コウ、どこ?」
「え、もりりん? ホームルーム終わってすぐ陸部の集まりに行ったよ。先輩たちを送る会だってさ」
あっけらかんと答えられた。
「……それどこ?」
「ごめん、そこまで聞いてないんよね。どっか近所の焼肉屋か、バイキングの店じゃない?」
太鼓の音が聞こえた。見るまでもなく、あたしを追いかけて教室に入ってきたのがわかる。
「ごめんフラグ、ありがと!」
「え? あ、ああうん……佳奈子たんは唐突だのう……」
フラグに手を振ってから、白頭巾が入ってきたのとは逆の出入り口から飛び出す。
数秒後に太鼓の音が追いかけてきたことを確認してから、階段へ向かう。
鬼ごっこ延長戦だ。
3階へ向かうと、2年生が下校準備をしているところだった。
目立たないように、さも特別教室に用事があるかのように見せかけるため、社会科教室や家庭科室などが並ぶ側の廊下を小走りする。
この階で鍵が開いているのは社会科教室だけ。入って戸を閉めて、白頭巾が入ってくるのを待つ。
白頭巾が登って来るのを階段の前で待ち、太鼓の音が聞こえた瞬間に反対側へと走る。
コウが居ないのならば、日が暮れるまでの耐久戦になる。
何度でも繰り返そう。
「っふー……」
ついさっき威勢良く決意したはいいものの、白頭巾の体力は無限。あたしの体力は有限。
昼あたりからずっと走ったり登ったりだから疲れてきた。
同じペースで走っているつもりなのに、太鼓の音がだんだんと近づいてくる気がする。いや、実際に距離が縮まってきている。
「はっ、ふっ」
息を整えて、辿り着いた階段を上っていく。
階段を駆け上るのが速いのは、あたしが重心移動に慣れているからだ。これは体力うんぬんではなく単なる技術。
もしこの世に階段を駆け上る競技があれば、あたしは良い線いくんじゃないかな。
……なんて、思ったりもする。
「戸籍がないから出場できないけど……」
ともあれ、生徒が下校を開始したのなら、2階と3階も利用できるということ。
最初は笹谷先生に気を付けていて、警戒してもぶっちゃけ何回かすれ違ってしまっているけど……あたしが必死で逃げ回っている様子を見てか、『終わったら職員室に来い』とだけ言って待ってくれた。ありがたい。
一度も捕まったことはないし、これからも捕まるつもりはない。
白頭巾が子どもの幽霊を抱きしめて、抱きしめられた子どもは幸せそうに消えていったのを見たことがある。
あたしはとっくに死んでいるから、本当なら大人しく捕まってああなるのが正しいのかもしれない。
だとしても、あたしはこの世にしがみつき続ける。
生きるチャンスが与えられたのだから、縋りつかなければ失礼だ。あたしの中の何かが『生きたい』と叫んでいる。
死んでも生きる――
自己暗示のように唱える。
廊下と階段の往復を何度繰り返したかわからなくなってきたころ、太鼓の音が響く廊下を曲がり、社会科教室に飛び込む。
「夕焼け……」
窓から、オレンジに変わり始めた青空を見る。もうそろそろ、鬼ごっこも終わりの時間だ。
窓を開ける。冬の風が部屋に入り込む。
低いような高いような不思議な太鼓の音色は、きっと本来ならお祭りのお囃子で使われるんじゃないかと思う。
あたしはそのまま飛び降りる。
生きた人間の手が振られている下の窓めがけて、窓枠を使って体をスイングするように――思い切り飛び込んだ。
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