子爵令嬢の憂鬱

 取り残されたレリルは呆然としていたので、颯真はとりあえず人間形態に戻り、レリルの頭にぽんっと手を載せた。


「そろそろ夕暮れも近いし、別荘に戻ろうぜ、ミス・ラシュレー」


「……颯真の癖にからかわないでよね。ああ、なんだかどっと疲れた……」


 言葉通りにレリルは両腕を垂らしてげんなりしている。普段なら即座に跳ね除ける、頭の手を払う元気もないらしい。


「王族たって子供だろ? そんなに気を遣う必要あんのか?」


「ほんとバカだね、颯真は。逆よ逆。子供でも王族なのよ。いくらウチが子爵家でも、気分次第で取り潰しなんてこともあるんだから。まあそんな暴虐は陛下が許されないだろうし、第三王女のシェリーゼル姫殿下は人格者と有名だから、そんなことをなさるはずないとわかってはいるけど……それでも緊張するものなの!」


 あ、シェリーは第三王女だったのね。


「ふーん。そんなもんか」


 颯真にとってはどこ吹く風だ。

 元日本国民としては、王様とか姫様とか自体に、そもそもピンと来ない。なにせ、来日する海外の王族関係者にも、スマホや簡易カメラで無遠慮にパシャパシャ撮影するお国柄だ。

 他国人どころか他種族、現スライムの颯真には、その感覚がいっそう薄い。身分に配慮するくらいの心得はあるが、かしずきへつらう気は毛頭ない。


「失敗したなぁ。近々、王女姉妹がお忍びで来られる情報は入ってきてたのに……まさか、こんなに早く、お供のひとりもないなんて反則じゃない?」


「いいじゃねーの。話がわかりそうな姫さんだったし。別に乱暴したり暴言吐いたわけでもなし。アデリーには美味いもんをたらふく食わせて歓待したし、結果的にシェリーの迷子捜しの手伝いまでしたわけだし、むしろありがたがられるんじゃねえの?」


 レリルの顔がぎぎぎと動き、颯真を見上げた。


「……そう思う? 本当にそうなのかな?」


「まあ、危うくアデリーが馬車で行方知れずになりかけたけどな!」


「うう、そうよね、それがあったよね……」


 またもや、がっくりとレリルの肩が落ちた。


 励ますように、颯真はレリルの背中をばんばん叩く。

 傷心のレリルには、颯真に遊ばれているのに気づいていない。


「なんか、食欲もなくなった。今日の夕飯はいらないって料理長に言っとく」


「……ちょい待て。俺の分は?」


「屋敷の主人がいらないってのに、作るわけないでしょ? 勝手に食べといて」


「気にすんな! 大事には至らなかったわけだし、そもそもアデリーはそんなことになりかけたなんて気づいてもいないわけだし! 大丈夫だって! 元気出せ。な? おまえはよくやった!」


 即行で颯真はレリルのフォローに回った。


 別荘に帰り着くまでの道中、颯真の必死の説得は続き――その甲斐あってか、無事に夕食にありつくことができたのだった。

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