貴族令嬢は唐突に 2

「やー、道歩いていたら、なんだか正義センサーに引っ掛かってさー。行ってみたら颯真がいたのよね。すっごい偶然!」


「なんだよ、その正義センサーって……」


 馬鹿の子みたいなネーミングだ。


 少なくともそのセンサーとやらが、以前の経験から加害者と被害者の区別も付かない欠陥品ということだけは理解できる。


 なんとなく連れ立って、ふたりはシービスタの町中をぶらついていた。


 レリルは颯真に先んじること4日、シービスタの港町に入っていた。

 今は散歩中だったらしいので、散歩も兼ねて、何気に町の案内をしてもらっている。


「レリルはリジンの町で領主代行してたんじゃなかったか? どうしてここに?」


「ああ、それ! 聞いてよ、颯真!」


 レリルが颯真の胸倉を掴む勢いで迫ってきた。


 何事かと周囲の道行く人々が振り返ったが――レリルの姿を確認して事もなさげに戻っていった。


「1週間くらい前だけど、大規模な地震と地割れ?地削れ?みたいなものがあったじゃない?」


 レリルが指しているのは颯真も見たアレだろうが、実際にその瞬間の記憶がなかった颯真は、曖昧に空返事を返すだけに留めた。


「あれで、町自体は無事で怪我人もなかったんだけど、私んちって町の角にあったじゃない? きれいにその一角を掠めていって、町の外壁と一緒に家も半分なくなっちゃったのよ! どう思う?」


「どう思うって……おもしろい。持ってんなー、おまえ」


 大地の削れた跡は、リジンの町まで届いていそうだとは思っていたが、まさかレリルの屋敷だけが被害を受けるとは。


 だったが、ここはお悔やみを述べるしかない。言葉とは裏腹に、颯真は忍び笑いした。


「全っ然、おもしろくないよー! ぶー!」


 レリルが髪を振り乱してじたばたしている。なにこの、おもしろ生物。


「まあ、それで。改修工事や何やらでしばらく住めなくなっちゃったから、こっちの別荘のほうに来たんだ。ここもうちの領地だし」


(ああ、脳内さん情報に、貴族御用達の閑静な避暑地、とかあったっけ)


「そういや、ネーアはどうしたんだ?」


 颯真の脳裏に、ネーアの童顔ながら生真面目そうな胸――もとい顔が浮かぶ。


 よくよく考えると、ネーアも塔にいた宮廷魔術師の一員だったはずだ。あの日は塔にいなかったようだが。

 ジュエル・エバンソンなる人物捜しは上手くいったのだろうか。


「なんかネーアってば、あの夕食以降、颯真が姿を見せなくなってから、すごく慌ててたみたい。よくわからないけれど、『使命が~』とか『任務が~』とか唸ってた。でも、あの地震の後に、調査団のほうになにかあったみたいで、挨拶もそこそこに急いで荷造りして出て行っちゃった。なんだろね?」


「なんだろうな?」


 塔が消失した件と絡んでいるのかもしれないが、颯真には知る由もない。


「ね、ね? ところで颯真は泊まる宿はもう決めたの?」


 颯真と並行していたレリルが、急に前に回り込んでくるりと振り向いた。

 向かい合わせで後ろでに手を組んだまま颯真を見上げ、意味ありげににやけている。


「いんや、まだ」


 颯真は視線を宙に泳がせた。

 山のほうに棲もうと思っているとはさすがに言えない。


「だったら、私の別荘に来ない? 部屋も余ってるしさ。ね?」


 レリルがはにかんで言う。

 状況としては誘われているように思えなくもないが、相手がレリルだけに艶っぽい事情では有り得ないだろう。


 きちんとした建物もいいが、初見の地の自然探索も捨て難い。

 ただ、断わるのは簡単だが、貴族の屋敷ということは、豪華な食事も付いてくるはず。


 そういえば、颯真は例の謝礼金もまだ貰っていなかったのを思い出した。


「じゃあ、2~3日くらい厄介になろうかな」


「やたっ。知人も少ないし、正直慣れない土地で退屈してたのよね!」


 レリルは陽気に颯真の手を取り、人で賑わうシービスタの人波をかわしながら、上機嫌でずんずん先行して歩き出した。

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