幼女と少女と馬一頭 2

「……はぁ。こんなところにいたのね。捜したわよ、アデリー」


 よほど急いで駆けてきたのか、息を切らせているシェリーに、


「わーい! しぇりー!」


 アデリーは馬上から勢いよく飛びついた。

 慌ててシェリーが抱き止める。


「う~ん」


 シェリーの胸に顔を埋めて、アデリーが幸せそうにぐりぐりしている。


 シェリーという少女は、12歳ほどの少女だった。

 アデリーと同じ見事な金髪と澄み切った碧眼の持ち主で、ふたりが顔を並べると面差しが瓜二つのがよくわかる。きっと姉妹なのだろう。

 繊細に手入れされたウェーブがかった金髪と、一見簡素ながらも質のいい生地であつらえられたワンピースふうの衣装からも、少女がかなりの裕福層であることは窺える。


「またいきなり居なくなるから心配しちゃったじゃない。どっか行くときは、必ずお姉ちゃんに教えてと言ってたでしょう?」


「うん。そーまと遊んでたの」


(アデリーよ。それは事後報告というんだよ)


 颯真はとりあえずツッコんでおく。


「そーま?」


「うん。お馬たん」


 アデリーが颯真を指差す。


「このお馬さんはそーまというの? 変わったお名前ね」


「ひひぃん」(なんの変哲もないお馬さんでーす)


 どうなることかと焦ったが、思惑通りに角は消えてくれていた。なせばなるものだと颯真は独りごちていた。


「きれい……純白の馬体に翡翠色のたてがみ……それになんて、艶やかでしなやかな毛並み……」


 左腕にアデリーを抱えながら、シェリーの右手が颯真の馬体を優しくなぞる。


「人に馴れているようだから、野生馬ではないわね。馬装がないけれど、どこかのお屋敷から逃げてきたのかしら……? きゃっ!?」


 興味深げに颯真の周りをぐるぐる回っていたシェリーが短い悲鳴を上げた。


(えっ? なんかおかしなとこでもあった?)


 一瞬焦った颯真だったが、シェリーの関心は別の場所に向けられている。


「木が……集いの木が倒れてる! 誰がこんな……なんてひどいことを……」


 丘の上の木は、集いの木という呼び名があったらしい。

 つい10分ほど前に、颯真の突撃により、天寿を全うした哀れな大木だった。

 今では、幹の途中からへし折られて、無残にも横たわっている。


「そーまがね、どーんてしたの。どーんて。そしたらばきばきって」


(すみません。過失なんです。見逃して)


「??」


 唯一の目撃者に告発されたが通じていなかった。

 事件は闇に葬られた。


「ふあ~~~あ」


 シェリーの腕の中で、アデリーが大きく欠伸した。

 すでに目は半眼だ。先ほどいったんは収まった眠気が再発したらしい。


「くすくす。それじゃあ戻りましょうか。そーまもまたね。ほら、アデリーも」


 微笑ましげに、シェリーがアデリーの手を握って、颯真に向けてばいばいをした。


「ひぃん」(おう)


 それを受けて、颯真は頷き、右前足を上げて応えた。


「えっ。なんて利口な仔なのかしら。まるで私の言葉がわかっているみたい」


(わかっているけどねー)


 ふたりの女の子は手を何度も振りながら、丘を降りていった。


(さーて)


 ふたりが完全に見えなくなってから、颯真はスライムに戻った。

 ちょっとしたイレギュラーではあったが、心優しい少女たちとの出会い――心温まる出来事だった。


 いや別に、○リとか○ド的な意味合いではないからね。純心ハートフルといった的なものだよ、念のため。


 颯真は誰ともなく言い訳しながら――折れて倒れた集いの木とやらに覆い被さった。


 集いの木――そう呼ばれるということは、この場でいくつもの人と人との触れ合いがあったのだろう。

 恋人たちが寄り添い、家族が連れ立ってお出かけし、仲間が集まるといったそのような。

 出会いも別れもあったろう。出会いは新たな絆となり、別れは人を成長させる。それらは人生の得がたい糧となる。

 そんなものを提供してくれた、見守っていてくれた木――

 失われたのは悲しいけれど、資源は有効活用しないとね。擬態続けて小腹も空いたし。


(いただきまーす)


 とりあえず、ものの10分程度で、集いの木と呼ばれたものは颯真の腹に収まった。ごちそうさまでした。

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