幼女と少女と馬一頭 1
「お・う・ま・た・-・ん!」
(なんか、すっごい引っ張られているんですけど)
なにか
と訊ねたくなるぐらいには、鷲掴みにした尻尾を全体重をかけて必死に引っ張っている。
せいぜい4歳か5歳くらいの幼女で、金髪碧眼にフリルとレースのあしらわれた洋装と、リアルフランス人形のような容姿だ。
長髪はきれいに梳かれて結われ、幼子特有の丸顔にも汚れひとつない。
手の平を真っ黒にしている以外は、身なりや服装もきちんとしており、そこいらの町娘ではなく、良家のお嬢さまであることは一目瞭然だった。
「お馬たん! お馬たーん! うう~ん!」
でも、全力で尻尾を引っ張るのは止めてくれない。もしやこれ、愛情表現? いかがしたものか。
考えあぐねてから、颯真は尻尾をぶるんと一振りして幼女を振り払い、逃げることにした。
単に考えるのがめんどくさくなったからの判断だったが。
「……あ」
手が離れて勢い余った幼女が、ぺたりと尻餅をつく。
唖然と目を見開き、丸く開けた口。颯真のほうに手を伸ばしたままの姿が悲哀に満ちていた。
(…………)
「う゛ぇ゛……」
幼女の
「お、馬、たん……う゛ぇ゛……ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……」
そして、なおも充填中。
危急を知らせる
(はぁ……)
誰かが言った。泣く子には勝てないと。泣く幼女にはひれ伏せと。ん? 違ったっけ?
(まあ、いっか。少し遊び相手してやるくらい)
「ぶひん」
颯真は一声嘶き、角の先を幼女の襟首に引っ掛けて跳ね上げ、馬の背ですとんと受け止めた。
幼女は一瞬、どうなったのかわからずに驚いていたが、自分が馬の背に乗っていることに気づくと、先ほどの涙もどこへやら、上機嫌でたてがみに掴まり首をぺしぺし叩いていた。
振り落とさないように、細心の注意を払って、ぱからぱからと馬らしく歩いてみる。
颯真としても、馬となって人間を乗せて歩くなど初めての経験だったが、それなりに上手くいった。
というよりは、幼女のほうが乗り慣れているように思える。なんというか、バランスの取り方が馬に負担をかけないような。
(こんなちっちゃいのに、たいしたもんだ)
いいところのお嬢さまという颯真の見立ては間違っていないのだろう。
颯真というと、馬に乗ったことはおろか、実物すらまともに見たことがない。強いて言うと、馬刺しとして食べたくらいしか。それを比較とするのもあんまりだが。
「ねーねー、お馬たん。あでりーはあでりーていうの。お馬たんはなに?」
(あでりー? ああ、名前ね)
幼女の名前はアデリーというらしい。
まあ、動物に話しかけるのは子供の特性だろう。
微笑ましいので、颯真も乗ってやることにした。
「ぶひひん」(颯真だよ)
「そーまっていうの?」
おおぅ、通じた!?
偶然か? なんというミラクル!
「そーま、そーま! にへへぇ」
超が付くほどのご満悦だ。
どうせ暇なので、飽きるまでは付き合ってやろうと颯真は馬の擬態のままで周囲をうろうろしていたが、10分も経たない内に幼児の体力に限界がきたのか、アデリーが馬上でうつらうつらし始めた。
「……アデリー! アデリー!」
どこからか、幼女を呼ぶ声がする。
アデリーは瞬間目を見開いて跳ね起き、馬上からきょろきょろと周囲を見回していた。
颯真もつられて窺うと、麓の港町の方角から人影がひとつ、手を大きく振りながら駆けてきいる。
遠目だが、長髪のスカート姿のシルエット、先ほどの声音からも察するに少女だろう。
「お~い! しぇりー!」
アデリーも負けじとぶんぶん手を振っている。
アデリーを背に乗せたまま、少女(シェリー?)がやってくるのをのんびりと待っていた颯真だったが――自分が今は馬、もとい魔獣の
(あ。やば)
アデリーはあまりに幼いため、馬か魔獣かの区別が付いていないようだが、向かってきている少女は物の分別が付く年頃に見える。
魔獣は危険な敵というのがこの世界での一般認識だ。まだ町にすら入っていないのに、大騒動になりかねない。
(消えろ~、角消えろ~! 根性~!)
精神論も交えて必死に念じる。
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