第三章

帰宅してみれば

(アルコールやっべー! マジやっべー!)


 颯真がトイレに駆け込むのと人間形態を維持できなくなったのはほぼ同時だった。


 入り口を潜り、1歩目で上半身が溶け、2歩目で下半身が崩れ、3歩目で立派なぷるんぷるんのスライムボディに戻ってしまっていた。


 便器の隣の床にある粘液状の物質――まるで便器からはみ出たテイストだが、颯真には気にしている余裕もない。

 擬態がいっさい使えなくなったどころか、本来のスライムボディだって形態が安定しないのだ。


(こんなとこ見つかったら、魔物として退治されちまう!)


 ただでもここは領主邸、魔物が侵入したとなると大騒ぎだろう。

 喋ることもできなければ弁明のしようもない。


 颯真はほうほうの体で、トイレの通風孔から逃げ出した。

 そのまま屋根に這い上がり、屋根同士の重なる隙間に身を潜める。


 それからどのぐらい待っただろうか。


 日も完全に落ち、周囲がとっぷりと暗くなったところで、颯真はようやく行動を開始した。


 試してみると、擬態はどうにか成功したが、いつもと違ってどうにもぎこちない。

 すでに5時間ほども経過しているのにこれだ。完全復帰には一昼夜でも足りないかもしれない。


(まさか、たったあれだけの酒でこんなになるとは……)


 スライムにとってアルコールは天敵だったらしい。

 

 恐るべし、アルコール。

 お酒の飲み過ぎには注意しましょう!と盛んに呼びかけられるだけはある。こんなに恐ろしいものだったとは。

 颯真は身を以って痛感した。

 まあ、多少意味合いは違うわけだが。


 ともかく、アルコール 酔い が完全に抜けない内は、町中に潜むのも危険すぎる。ましてや領主邸など最悪だ。


 颯真は普段の倍くらいの時間をかけて、やっとこさフクロウ形態に擬態し、夜の闇に紛れて屋根から飛び立った。


 その際に、深夜ながら灯りも持たず、渡り廊下を歩く人影が眼下に見えた。

 胸の部分が驚異的に膨らんだシルエットから、ネーアであることはうかがえる。


 こんな深夜を徘徊する、爆乳美少女のいかがわしい(?)動向に、興味がないわけではなかったが、今は状況が状況なので諦めた。


 ふらつく足取り羽取りで、颯真は町の外壁をなんとか飛び越え、そのまま闇昏き森デ・レシーナへと向かった。


(こんな調子じゃあ、外敵にもまともに応戦できん! こりゃあ、とりあえず、に帰って数日くらいは引き篭もるか……)


 墜落・飛翔を繰り返し、獣に襲われそうになり、ぼろぼろになりながらも、颯真が塔に辿り着いたのは、もう翌朝どころか日が高くなってからのことだった。


 昨日ぶりに帰ってきました、マイホーム


 でもなぜか、そこは人間の集団に占拠されていましたとさ。

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