魔獣とのご対面

 独りで聞き込みを開始してから、1時間後――颯真は町中で完全に迷っていた。


 本人も完璧に忘れていたが、颯真は今日、初めてこの町にやってきた新参者だった。当然、土地勘などあろうはずもない。

 手配書片手に人から人へ渡り歩いているうちに、まったく見知らぬ場所に辿り着いてしまった。


(どこだよ、ここ……)


 空き家が多いところを見ると、町でも端のほうか。

 少し戻れば、人がいないわけでもない。

 ただ、戻って道を訊ねるのは、迷子だと喧伝するようなものなので、避けたいのが実情だ。


 となると、フクロウ形態で飛ぶのが手っ取り早いのだが、それはなにか負けのような気がする。

 なにかってなに?と問われると颯真自身困るが、まあ矜持的ななにかだろう。


 颯真が適当にうろうろしていると、不意にどこかから生き物の呻き声が聞こえた気がした。

 周囲にはネズミ一匹いない。だが、依然と微かに声だけが聞こえている。


 よくよく集中すると、その声は足元から聞こえていた。


 スライムである颯真の場合、人間形態であっても実際に耳から音を聞いているのではない。全身すべてから振動として音を拾っているのである。

 つまり、この場合、人間なら地面に耳をつけて聞いているようなものだ。地下からの音など、颯真でないと、とても聞き取ることはできなかっただろう。


 地下から聞こえる音は、真下ではなく少し距離がありそうだった。


 颯真が気になって音源を追うと、ひっそりと町の片隅にある、鍵の掛かった鉄格子の扉に行き着いた。

 ごつい南京錠だったが、スライムである颯真には関係ない。スライムに戻り、軟体化して鉄格子をすり抜ける。


 その先は、下り階段を経て、薄暗い地下道になっていた。

 汚水が流れていることからも、ここは町の下水道で、先ほどの扉はメンテナンス用の通用口といったところだろう。


 なんにせよ、数時間ぶりに本体に戻った解放感に加え、このじめじめ感がスライムボディになんとも心地いい。


(って、目的を忘れるところだった)


 颯真が這いずって先に進むと、ちょっとした広さの空間に行き当たった。

 どうやら、倉庫代わりの場所スペースらしく、掃除用具や木箱が無造作に置かれている。

 最近も人の出入りが頻繁にあったらしく、複数の足跡が見て取れる。


 そして、その一画に、それはあった。

 大型のものでは2m四方、小型のものでも1m四方の、移動式の鉄の檻だ。その数、10台。

 大半は空だが、2台の檻の中に、見慣れない生物が閉じ込められていた。


(おおっ!? こりゃ、魔獣ってやつか?)


 初めて目にするが、尋常でない生き物であることは本能的によくわかる。


 大型の檻に閉じ込められているのは、額に立派な1本角を生やした馬。

 割と有名メジャーな、一角獣馬ユニコーンだった。

 気性は荒いが、普通の馬の何倍ものスピードと持続力を有している。

 生きたままの捕獲はひじょうに困難で、魔力を秘めた角が素材として高額で取引されることが多い。


 小型の檻には、一見すると大柄のハリネズミが丸まっている。

 正式名称は放電針鼠スパークラット

 高出力広範囲の雷撃を発するため、高危険指定の魔獣とされている。

 縄張り意識が高く、うっかり足を踏み入れた旅人がよく命を落とすという。

 素早い動きと針の鎧、針先には致死性の猛毒も持ち、速攻守どころか遠近攻撃まで備えた危険生物だ。


 とまあ、脳内さんはしっかりと稼働中。


 魔獣といわれて、レリルが言っていた、魔獣のブローカーのことが思い出された。

 どうやら、ここがそのアジトないし商品の保管庫ということらしい。


 なるほど、こんな場所なら、不用意に訪れる者もいない。


 スライムは嗅覚がないので、颯真は気づいていないが、ここはとんでもない悪臭に満ちている。

 なおのこと、人が寄り付くわけがない。


 檻の魔獣たちは薬でも打たれているのか、ぐったりとしていたが、颯真が近づくと途端に狂ったように暴れ出した。


(馬鹿! あんま騒ぐな!)


 と思っても、所詮は魔物スライムと魔獣、意思疎通ができるわけがない。

 魔獣の様子は、明確な怯えだ。魔物としては最弱のスライムに、大型の魔獣が怯えるというのも奇妙な話だが。


 地下道はトンネル構造。魔獣の小さな呻き声すら聞こえたほどだ。意外に物音が響いてしまう。

 とにかく、こんなに騒ぎ立てられると、今は留守らしきブローカーたちにも気取られてしまいかねない。


 となると、方法はひとつだけ。ちょうど、領主代行様から、トラブルが起こったら解決しておくようにと申し渡されていたところだ。


 脳内さんの解説からも、通常の真っ向勝負で勝てるかはわからない相手だが、幸い今はまともに身動きが取れないご様子。

 これはもう、運命を司る的な何かからの、そうしろとのお告げなのだろう。


(てなわけで、いただきまーす)


 颯真はスライムの身体を波打たせながら、2体の魔獣を一気に体内に引きずり込んだ。

 例のごとく味などはしなかったが、普通の獣とはまた違う、どうにも不思議な感覚がした。

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