出会い

 人間の姿を手に入れてからわずか5分後。

 颯真は裏通りで3人の暴漢チンピラにからまれていた。


(何故!?)


 時を遡ること――と5分前なので大げさにいうほどではないが、異世界の目新しい町並みと活気のある空気に、颯真は浮かれていた。


 リジンの町は、なかなかに活気のあるいい町だった。


 道を行き交う人々の喧騒、商人の威勢のいい声、はしゃいで走り回る子供たち。

 決して文明的に発展しているわけではないが、その分、人の温かみというか熱意を感じられる。

 ちょうど田舎の縁日でも練り歩いているかのようだった。


 惜しむべくは、先立つものがないことだが、それはまあ仕方がない。

 ただ、単に歩いているだけでも、充分に楽しめる。


 颯真は往来できょろきょろしては、物珍しい露店の装飾品や食べ物を見て回っていた。


 で、ついつい余所見をして、すれ違う人と肩をぶつけてしまったのだが――そして、今に至る。


 颯真は3人組に裏通りに連れ込まれて即、腹パンと膝蹴りを喰らっていた。


(乱暴な奴らだなー。痛くないからいいけど)


 人間形態でも本体がスライムには変わりないらしく、打撃程度の衝撃では痛くも痒くもない。


 チンピラたちは、体格的に大中小――大ゴリ・中ガリ・小デブの3人組だ。


 チンピラたちの要求はシンプルだった。

 なんとも、ありきたりなテンプレ台詞で、捻りも意外性もなにもない。


「有り金すべて置いていきなっ!」

「その澄ました面がぼこぼこになる前に、大人しく従ったほうがいいぜ?」

「うほっ、いい男」


 いや、最後の小デブ、ちょっと待て。それはおかしくないか?


「……残念ながら、一文無しなんだけど」


「だったら身包み剥いで確かめるまでよ!」

「下手な嘘で言い逃れできると思うなよ? にーちゃん」

「剥ぐ……はぁはぁ」


 いや、だから最後の小デブ、本気でキモイんだが。


「……とにかく、あんたらに渡せるようなものは、なーんもない。他、当たれば?」


「「「あ゛あ゛!?」」」


 チンピラたちの声がハモった。

 自分たちが圧倒的優位の立場にあるのに、平然としている颯真の態度が気に障ったようで、チンピラたちは勝手にヒートアップしていった。


 ドスを利かせた巻き舌で恫喝してくるが、颯真はどこ吹く風だ。

 ただの一般人だった頃ならともかく、毎日のように凶暴な獣相手に狩りをしていた颯真にとっては、危機感の欠片も覚えない。


 業を煮やした大ゴリが、そこらに落ちていた角材で殴りかかってくる。

 避けも防ぎもしなかった颯真の側頭部に、角材はクリーンヒットした。


「おや?」


 颯真の視界がいきなり真横になった。

 首からぽっきり90度に曲がってしまっている。


「へ、へへっ! や、殺っちまった……俺らの言うことを聞かないてめーが悪いんだぜ?」


 まさか無防備で直撃するとは思っていなかったのだろう。強がってはいるが、声が震えている。

 見た目に寄らず、小心者だ。さすがは小物チンピラ


 まあ、普通の人間がこんな状態になったら、死んでるだろうけど。


 颯真は両手で頭を掴み、あっさりと首を元の位置に戻した。

 元が軟体動物なら、どうということはない。


「「「!!!???」」」


 チンピラたちが絶句する。


(ただ……ちょっとイラッとしたかな)


 颯真は首を回して具合を確かめ、


(……喰っちまうか?)


 チンピラたちを横目で眺めて、なんとなしにそう思った。


「「「ひいっ!?」」」


 またハモリながら、大中小の順番に、チンピラたちが腰を抜かす。


「――お待ちなさいっ!」


 そのとき、裏路地に凛とした甲高い声が響いた。


 声の主は小柄な少女で、素早い身のこなしで颯真とチンピラたちの間に分け入った。


 肩口で揃えたウェーブがかった白金色の髪プラチナブロンドに、大きな銀色の双眸。

 年の頃は16ほどか。整った顔立ちには、まだどこか幼さが残っている。

 スレンダーな体格を覆うのは、上下白で統一された男装で、手には抜き身の刺突細剣レイピアを携えていた。


「悪漢め! 恥を知りなさい!」


 厳しい眼差し、真っ直ぐ吊り上がった眉が、強い意志を感じさせる。

 

 剣を構える少女の姿勢は堂に入ったもので、垂直にしなやかに伸びた肢体と、水平に突き出されたレイピアの対比が、実に美しい。

 実に美しいのだが――問題は、その切っ先が颯真のほうに向いていることで。


「……悪漢って、もしかして俺のこと?」


「そうです!」


 少女はチンピラたちを背後に守りながら、きっぱりとそう断言した。

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