第二章
急報
魔導大国と名高きフェレント王国――国名を冠する王都フェレント。その王宮内の一角である執務室に、それは急報として届けられた。
「……なに? ジュエル・エバンソンが行方知れず? それは真か?」
報を受け取ったのは、フェレント王国の宰相たるグリム・サーディエンス。
老齢ともいえる60を超えてなお、意気軒昂にして老いを知らず、その厳然とした容姿から”鋼の宰相”の異名をとる国政の要人である。
滅多なことでは鉄仮面を崩すことない男だが、このときばかりは眉根に皺を寄せ、わずかな苦悩を浮かべていた。
「はっ!
執務室の扉の前に直立不動したまま、報をもたらした伝令兵は声を張り上げていた。
かつて一地方の弱小国であったフェレント王国を、魔導大国と呼ばせるまでにのし上げた事実上の立役者、ジュエル・エバンソン――
グリム宰相の年代で、その名を知らぬ者はいない。
稀代の大魔導士、魔導の申し子、真理の探究者――彼への称賛は、国内に留まらず国内外にまで轟いていた。
彼がいなければ、現代の魔導は30年は遅れていたという者がいるが、それは誇張一切なく事実だろう。
数々の栄光と栄誉を欲しい侭にしていた彼だったが、あるときを境に、取り憑かれたように禁忌とされる忌法へ傾注するようになった。
やがて、常軌を逸した魔導への探究により、魔の巣窟
付いた最後の字が、”狂人エバンソン”。神に叛意する魔導の狂信者。堕ちた大魔導士。
20年ほど前、ついに彼は捕らえられることになったが、それまでの並々ならぬ功績が考慮され、国王の恩赦により、彼は処刑だけは免れた。余生を人里離れた塔内でひっそりと過ごすことを条件に、宣誓もなされていた――はずだった。
伝令兵から渡された調書には、事の詳細が記されていた。
王国側とて愚かではない。塔には見張りの兵を配置し、塔自体にも魔力探知の魔術が施され、ジュエル・エバンソンの動向は、付近の軍施設に逐一報告され、完全な監視下にあった。
定期的な査察も行ない、監視体制は磐石であったはずだ。
しかし、調書によると、すでに塔はもぬけの殻で、塔の地下にはあるはずのない洞窟と、研究施設が設置されていた。施設の経年劣化具合からすると、20年前の幽閉直後にはすでに造られていた可能性が記載されている。しかも、地下には巨大な魔方陣が描かれ、なんらかの大規模魔導を行なった形跡がある、とも。
見張りの兵も査察官も、当初から彼の手の内にあったらしい。彼らは洗脳に近い幻術に犯され、塔ではなくまったく別の無人の建物を見張り、異常なしとの報告を繰り返していたそうだ。
そうなると、もはや幽閉とは名ばかりの、専用の研究の場を宛がっていたことに他ならない。
最たる懸念は、少なくとも塔の地下に研究施設を造るなど、個人では容易ではない。となると、手助けをした人物――もしくは組織があるはずである。
場合によっては、それが国家単位であったとしてもおかしくはない。
なにせ、禁忌の魔導に取り憑かれたとはいえ、ジュエル・エバンソンは魔導の天才。
彼の知識を欲する処など、いくらでもあっただろう。
もとより、彼が生かされていたのも、彼の持つ秘匿を国外に出したくない、あわよくば奪取したいとの腹づもりがあったからだ。
20年もの時が経ち、かの者が姿を消した理由となると、密かに研究していた大魔導が完成したと見るべきだろう。
あの天才大魔導士が、半生を費やしたものが、常軌の枠に収まるような並大抵のものであるはずがない。
ただでさえ、彼の求めていたのは、神にも等しき力を持つといわれる真竜を人為的に生み出すという禁忌なのだ。
もし仮に、国家を滅ぼすほどの魔導生体兵器を本当に創造していたとしたら――ましてそれが量産可能なものであったとすれば――
大陸の版図など容易に書き換わる。
「至急、ジュエル・エバンソンを指名手配せよ! 宮廷魔術師で調査団を組織し、塔地下の研究施設の調査にあたらせよ! これは国家の一大事である、急げ!」
グリム宰相の怒声が、王宮に木霊した。
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