11月
乙女である1
わたくし、七海紫織は、受験を終えましたー!
わーいやったー!
「おつかれー!」
「ありがとうございまーす!」
みんなとぶどうジュースで乾杯です。
ルピネさんとタウラさんはワインですが。
タウラさんは、普段の14歳くらいの男の子の姿ではなく、ルピネさんと同い年くらいの男性の姿に外見年齢を変えています。
「肩の荷がおりた気分だ……」
「お疲れ様、お姉ちゃん」
慌てて駆け寄り、頭を下げます。
「あ、ありがとうございました……!」
「どういたしまして。……お前とはこれからも仲良くしていきたいな」
嬉しいです。
「私もです」
「僕ともよろしく」
タウラさんに差し出された手もきゅっと握り返します。
「はい! お二人とも美織のこと、面倒見ててくださって……」
「どちらかというと、父上の方が面倒を見ていたのだがな」
お父さんであるシェル先生は、佳奈子ちゃんと『ごまプリンは邪道か否か』という議題で討論を交わしています。
「他の文化圏ならばともかく、日本でいうプリンとは、卵、牛乳、砂糖を混ぜたものに熱を通して固めた菓子です」
「それは定義の話でしょう? 今話しているのはもっと柔軟な……!」
「熱の通し方、または出来上がりにかけるソースとクリームの種別の違いは許容範囲ですが、プリンそのものにごまというのは邪道だと思います」
「邪道ですって? 現代でいうプリンには先生の大好きないちご味のプリンも含まれてるのに。それも邪道なわけ?」
「もちろんです。しかし、調理法からしてそれがプリンの一種であるということは明白。プリンと名乗ること自体は許容します。が、邪道であることに変わりはありません」
「邪道の定義を教えて?」
「仏教において、仏の道から外れた教えを広めること。転じて、本来の正しい用法を守っていないもの」
「あんたは辞書か⁉︎」
なかなか白熱しております。
私たちと同じように激論を観察していた光太くんがぽつりと呟きました。
「……なんであんなんなってんの……?」
「佳奈子とローザライマさんたちで買い出しに行ったら、ごまプリン見つけたらしくて……シェル先生が『邪道』って」
「あの人、言葉の意味に妙なこだわりがあるから……ただのすれ違いなんだろうになあ」
「だよね」
京ちゃんが光太くんと笑い合っています。恋人になってももどかしかった二人ですが、最近ようやく距離が縮まってきたみたいで、私も佳奈子ちゃんも喜び一色でございます。
「あ、そうだ。京ちゃ……あっ……」
顔が赤くなる光太くん。同じく京ちゃんも赤面しますが、耐えて強がります。
「っ……呼び捨てでもいいんだよ?」
「じゃあ三崎さんも俺の名前呼んでよ」
「……こ、光太……くん」
こういう時はあえてこの言葉を送りましょう。リア充爆発しろ。
「佳奈子、佳奈子。ごまプリン美味しいです」
「……邪道なんじゃなかったの」
「? 邪道は邪道ですが、それは種別を表す言葉ですよね」
「はー……」
議論が終息したようで、一安心です。
佳奈子ちゃんとシェル先生は仲良く並んでプリンを食べ始めました。先生の奥さんであるアネモネさんは笑いを堪えすぎて、末っ子ちゃんたちから心配されています。
美織はエマちゃんと何やら楽しげに話して……何を話しているのでしょう?
気になってそばに行こうとすると、佳奈子ちゃんが私にプリンをずいっと差し出しました。
「紫織。主役なんだからもっと飲み食いしなさいよ」
「佳奈子、そのいちごプリン、最後のひとつ……」
「あんたは甘いものだけじゃなくて料理食べて。ほら、鶏肉あるから」
「……」
先生がしょぼんモードです。アネモネさんにも叱られてお料理に手をつけ始めました。
末っ子ちゃんたちがお父さんお母さんの膝上に乗って楽しそうです。
ルピネさんはパヴィちゃんを引き取り、タウラさんはセプトくんを引き取り……仲良し家族です。
「あー、つっかれた。人生で一番無駄な時間だったわ」
「そ、そこまで言わなくても」
けっこう楽しんでましたし。
「うん、そうね。そうだわ」
からからと気持ちの良い笑顔を見せて、私の頰を指でつつきました。
「ふわ?」
「お疲れ様、紫織。……あんたならきっと合格ね」
「蓋を開けてみないとわからないよ……」
筆記試験は出来たと思いますが、面接試験が……すごく挙動不審になってしまったと思います。
そう言ってみると、鶏肉をちまちまと食べていたシェル先生が教えてくれました。
「あなたのように魔術学部に入るとなれば、申告した神秘分類に嘘はないか。質問で起きた魔力の波長の反応はどういったものか……などを確認する必要があります。筆記の点数の方が重視されますので、問題ありませんよ」
「そ、そうなんですか⁉︎ 良かったです。安心です!」
「大いに安心しなさい」
先生はこっそりといちごゼリーに手を伸ばし、アネモネさんに阻止されます。
「……アネモネ……」
「うふふふ。今日はもうダメよ、あなた」
「…………」
「ああ、しょぼん顔可愛い……」
深く愛し合うおしどり夫婦なのは間違いないのですが……愛が深すぎてアネモネさんが迷走している気がするのです。
うっとりとした顔で先生に寄り添い、慰め始めました。
お子さんたちは慣れっこなようで、ご兄弟同士で楽しげにお話中。
(どうして、集まるとカオスなのでしょう……)
片付けも終わり、学生しているみなさんはルピネさんに送られて帰って行きました。
現在、美織が興奮気味に語ってくれています。
「お姉ちゃん。エマちゃんすごい! 物知り!」
「どんな話ししてたの?」
「機械の話。……うちの神秘、いろんなところで使われてるんだって教えてくれた。勉強頑張る!」
やる気が出たようで良かったです。
やっぱり、勉強は目的を持ってやる方が頑張れますからね。
「美織、勉強するの?」
「そうだよ、パヴィちゃん。パヴィちゃんも一緒に勉強する?」
ああ、美織……パヴィちゃんは四歳児ですが、中身は小さなシェル先生と呼べる天才児ですよ。ちっちゃい子だと思って接したら痛い目見ますよ……
「兄上、お膝に乗せてくださいっ」
セプトくんはソファに座るお兄さんにおねだりしています。可愛い。
「いいよ」
先生はエマちゃんが私へのお祝いにくれた水時計をひたすらじっと観察しています。その隣にはアネモネさんが寄り添い、同じように観察しています。
美織はパヴィちゃんの頰をむにむにして、可愛さにほっこりしています。
「……」
実家に居た頃には、自分がこんなに暖かい場所に居られるようになるなんて想像もしていませんでした。
幸せです。
学校にも行っておらず、受験も終えた私ですが。かといって毎日何もしないでいるわけにはいきません。美織のお弁当を作って学校に送り出し、その後は家事、天気が良ければジョギングに出ます。
先生たちに教わりながら勉強したりも。
友人たちの放課後や休日にはみんなで遊んだり、勉強会したりも。
なのですが――
「……ひまです」
毎日の積み重ねにより、私の家事能力は上昇。光太くんに『具材は刻んで冷凍すると楽だよー』と教わってからはさらに速度と精度が増しました。
今日も学校で頑張るみんなには口が裂けても言えませんが、ひまです。
バイトをしたいと思ったこともあります。でも、ルピネさんに『バイトをすると不特定多数の人と縁が繋がる。私たちの目の届かないところで妙な縁を拾ってきかねない』と止められました。
もっと修行を積まなければ許可は出せないそうです。
「…………」
いつもなら、ルピネさんかタウラさんが居て、お話ししてくれるのですが……今日はみなさん用事があるみたいです。家には私一人。
「外に、出ます。うん!」
外出は止められていません。
着替えて荷物を整えて……準備が出来たらレッツ外出です!
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