真夜中の一句

@nakamichiko

真夜中の一句

真夜中に目が覚めて、布団の中横を向き私はつぶやいた


「目覚めても  温かなものが  そこにある」


とてもとても小さな声だから、寝ている人には聞こえないだろうと思ったら

「うーん」と言いながら寝返りを打って彼は私に背中を向けた。

私はその背中に自分の顔をくっつけ匂いを嗅いだ。どこかで聞いた話で、好きな異性の匂いと言うのは、自分とは遺伝的に遠いもので、近親交配を避けるため遺伝子に組み込まれたものらしいという

真夜中にこんなことを考えている自分がおかしかったが、でも気持ちも何もかもが落ち着いていた。


 今まで一人暮らしの部屋でこんな風に目が覚めると、恐怖のすべてが襲ってくるような気がした。現実的な孤独感、非現実的かもしれない霊的なもの、逆に不愉快な夜中のバイクの音が、救いに感じたことさえある。

 でも今は違う。初めてこんな風に男の人と一緒に夜を過ごし、ただ側にいるだけでこんな風に安心できるのかと不思議だった。私の年齢からしたら遅い経験なのかもしれないが、そんなにモテる人間でもない、それならばこういうことはお互いが本当に納得がいった上でそうしようと、心の底で誓う、というか自分の中で取り決めをした。その点は男と女で違って当然で、後者の私はそれがしやすかったのではと思う。

 だから別に今横で眠っている彼が過去に恋人がいても気にはならない。かといって女遊びの噂の絶えないような人は、自分も好みではない。


「君といると落ち着く」という言葉を言ってくれて、私もそうだから結婚しようと二人で決めたのだ。


 私は布団から出て、トイレに行った。そのことすら一人の時には怖くて、我慢できずに行って、それが終わって帰ってくると少し暖かさの減った布団に頭までかくして丸まっていた。

でも今日は、寝床に戻っても、そこは楽園のように暖かい。


「この暖かさは至福、そして病みつきになるのかな」


心の中で思っていると、彼が寝返りを打って、意識があるのかないのか抱き寄せてくれた。

「ノックアウトされたみたい」と自分で笑った。私は生来寒がりで、手足の冷えで眠れないこともしばしばだった。そう言う女性が世の中には多い。

「この暖かさが欲しいからなのかな」と次々に彼氏を変えるような女の人の気持ちも、少し理解できるような気がした。


 彼はぐっすり眠っている。私もウトウトしながら、懐かしい故郷の事を思い出した。私の育った町は山間の自然の豊かな所で、夏には上流の河で泳いで遊ぶことができた。そんな人間が大都会で就職したから、猶更孤独感にさいなまれたのかもしれない。でも今ならば、カジカガエルのフュフュフュという声に包まれながら、夜中親と散歩した時に会ったアカハライモリのことを、自然と記憶のドアを優しくノックして取り出せた。


「どうして道を渡るの? 車に引かれたらペッちゃんこになるのに」


父親に尋ねた。田んぼの中の道路なので、真夜中にほとんど車が通ることはないが、彼らは明らかに遠くへ遠くへ行こうとしていた。


「仕方がないんだよ、別の所に行かなければ兄弟同士で結婚するようになってしまう。そうすると生き物は弱くなってしまうんだ。不思議だけれどね、人間だって兄弟とは結婚しないだろう? だから命の危険を冒しても、別の所に行こうとするんだよ」生き物の好きな父親はそう答えてくれた。


「私もあの時のイモリのようなものなのかな・・・明日の朝は、どんな目覚めになるんだろう・・・」そのまま、多分私も寝息を立てた。


 


急にとても息苦しくなって私は目が覚めた。

すると笑っている彼が見えて


「ごめんごめん、そんなに苦しかった? 」と済まなさそうな顔も見せた。

キスで起こされたらしい、がそれよりも私は部屋の中が煌々と明るいのに驚いた。時計を見ると十時をとうに過ぎていた。二人とも休みなのでいいのだが


「ごめんなさい、お腹がすいたでしょう? 」

「うん・・・これから食べに行こう」

「確かご飯が余っていたから何か作るわ、簡単なものでいい? 」

「もちろん! ありがとう! 」嬉しそうに言ったので、私は飛び起きて台所に向かった。


「嫌な女・・・」昨日のように小さくつぶやいた。「女子力を見せつけている」というよりもっと悪い、いや巧妙、知恵、とにかくさっきのキスでつながる、英語の格言がある。


「キスには飽きるけど料理には飽きない」


洒落た言い回しで、日本だと「夫の心をつかむより胃の腑をつかめ」という直接的なものになる。

大体格言はどこの国も似ていて、そして結婚という制度もある。二人の新しい生活が始まってしまうと、その生活自体の向上を目標にしなければいけないということなのだろう。


「ごめん、朝からチャーハンでもいい? 」

「いい!いい! 」

それからすぐに二人で食べた。彼は「美味しい、美味しい」と空腹も手伝ったのか言ってくれた。

「朝飯代が浮いたから、記念にケーキでも買おうか? 」とても楽し気な彼に、私は「チャーハンぐらいで喜んでくれるのかな」と思ってしまった。


でもそれは私にはとてもうれしいことだった。何故なら昨日感じた、あの人生の中で最高の真夜中の目覚めを、これからも経験することができるということなのだから。

私にできる小さなことで、その回数が何回にも増えていくのならば、これから先の人生は楽しみに満ちたものになる。食器を洗いながらちょっとほくそえんでいたのかもしれない。


「彼にとっては朝のキスの方が印象的だったでしょけれど」


仕方がない、男と女は別の生き物、だから惹かれあう。そうやって長い間生きてきた、これからも生きていくのだから。

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