降る記憶

久山橙

第1話

 この街では、その年この街で死んじゃった人たちの記憶が降る。かたちはさまざま。記憶の内容によって変化するのではないか、というのがぼくのいまのところの推理だ。かなしいことは雨、たのしいことは雪、みたいに。

 ぼくは今年の冬休み、これを自由研究の課題にしようと思っている。


「あんたなに言ってんの。雨は雨で雪は雪よ。もっとほら、工作するとか、アサガオの観察とかあるでしょ」この話をすると、おかあさんはいつも困ったような顔をする。「春にはお兄ちゃんになるんだから、もっとちゃんとしな!」

「おかあさん、アサガオは冬には咲かないよ」おかあさんのおなかは大きい。なかにはぼくの弟がいるらしい。ぼくはもうすぐお兄ちゃんになる。

「あら、そうだったっけ?」おかあさんはよくぼくに弟のことを言って聞かせるけれど、しょうじきあんまりわからない。

 弟が生まれたら、ぼくはなにもしなくてもお兄ちゃんになるのだろうか。なりたい人はいいけれど、なりたくない人はこれまでどうしてきたのだろう。ぼくはまだそのことについて、学校で習っていない。

「冬休みに雪が降ったら、おかあさんもぼくと一緒に当たってみよう。雨でもいいけど、雨はかなしくなっちゃうからなあ」

「風邪引いちゃうでしょ。馬鹿言ってないでごはん食べなさい」


「おもしろいことを言うなあ」おとうさんはぼくと話すとき、語尾がいつも伸びる。子ども扱いしているのだ。弟が生まれてくるころ、ぼくは小学四年生になる。高学年の仲間入りだ。だからもう子どもじゃない。

「ほんとだよ。こないだ雪が降ったときにはとりじろうの記憶が降ってきたんだ」

「とりじろうって?」

「教室で飼ってたインコだよ」ぼくがそう言うとおとうさんは笑った。

「そりゃすごいな。とりじろうはどんなふうだったんだい?」馬鹿にされていることぐらいぼくにだってわかる。ムッとして教えてあげなかった。

「おいおい、どうした。ごめんって」

「もう知らない」ぼくは布団に潜り込んだ。「とりじろうはしあわせだったんだ」

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