第28話

 試合までの時間は、瞬く間に過ぎる。

 その大半を要した機体の調整は、なんとか万全に近い水準に引き上げることができた。だが、もう一つの問題については解決する時間が足りなかった。


「やっぱり棄権したいんだが……」


 操縦席でナイアスが呟く。

 すると、集音器に拾われた声が、人類が完全には解明していない仕組みを通じて、大気中を伝わり、通信手オペレーター役のリズが装着した通信機ヘッドセットを震わせた。

 天機兵間では昔から可能だった仕組みシステムだが、これは、片側を天機兵そのものではなく、心核を搭載した中継器とすることで、人類には手の届かない技術の部分を補いながら、相互の通信を簡易に実現している。

 ナイアスが戦場に出ていた頃にもすでに使われていて、実戦証明されているものだ。


「……おーい」

「はい、なんですか」


 なので、通じているはずだと思いつつナイアスが確認すると、ようやくリズから応答があった。


「ああ、いや……聞こえているならいいんだ。通信に異常でもあったのかと思ってな」

「すみません。独り言かと思いましたので」


 相変わらずの冷たい応答に、ナイアスは内心でため息を吐く。

 あれからずっと、リズはこの調子だった。次からは怒らせないようにしようと思いつつも、いまは怒りが過ぎ去るのを待つしか無い。


「貴方たち、一体どうしたの? なにかあった?」


 そこに口を挟んだのは、アイリーンだった。

 ナイアスが、自分の設計した天機兵に乗って試合に出ると聞きつけた彼女は、ほんの少し前から、リズのいる管制室に当然の顔をして入り込んでいる。

 対戦する天機兵のチームは、それぞれ一つずつの管制室が割り当てられる。

 そこに詰めているメンバーは、機体の状況を監視したり、危険な場合には棄権を宣言する役割がある。天機兵の試合だけでなく、人間同士の武術試合でも見られる介添人セコンド制度なのだった。

 もともとトーナメントに参加する予定のなかった急造チームなので、メンバーも特に決められていない。大会側に申請しているのはナイアスとリズの二人だけだが、それ以外の人間は操機手にはなれないものの、管制室に入るだけなら問題はないのだった。

 そして、朝方の事件のことを知らないアイリーンだったが、この短い時間で、二人の間に漂う空気が奇妙なことを感じ取ったようだ。


「いえ、特には何もないですよ」

「そう? ならいいのだけれど……」


 アイリーンは納得してなさそうな顔で受け流しつつ、別のことを聞いた。


「ところで、対戦するのはどんな相手なの?」

「ウェスラート公国から参加の、新設計の機体だって聞いています」

「……? ああ、あの半島の小さな国……参加してたの」


 アイリーンは、記憶を辿るのに少し時間を必要とした。名前と位置だけはこうして思い出せたが、シレーネ共和国からは距離の離れた他国のこと、どんな国なのかと言われるとさっぱりである。

 ナイアスが通信で割って入った。


「ウェスラートの騎士団に居たやつなら知ってるぞ。操機手としての腕は一流だったけど、自国では天機兵を製造してないらしくて、そいつは帝国流れの機体に乗ってたな」

「へぇ……そんなところが新設計の機体ね……ちょっと興味が湧いてきたわ」


 戦後に機体設計できる体制を整えたのだろう、とあたりを付けたアイリーンは、純粋な好奇心に惹かれて、試合会場に視線を向けた。

 試合会場は、円形の闘技場になっていて、中央のフィールドを周囲の観客席で包んでいる。

 そこに、巨大な天機兵が出入りするための搬入経路として、入場口が二箇所ある。

 フィールドを挟んで向かいあうように通路が通されていて、その脇には管制室がそれぞれ三つずつある。

 トーナメント形式の大会では、試合と試合の間の空き時間が長すぎると観客の不満を高めてしまう。試合中は、対戦中のチームと次の試合のチームがそれぞれ一つずつ確保して、残る一室では、対戦が終了したチームと順番待ちのチームの入れ替え作業が順次行われるのだ。

 ただし、適宜休憩が挟まれるので、その直後は若干余裕が生じる。

 ナイアスたちも、昼休憩後の一戦目にエントリーされているので、その余裕があった。現在、フィールドでは試合は行われておらず、旧式の天機兵二機と、整備員達によってフィールドの整備が行われている。

 試合が連続している間は、整備兼警備用の天機兵で、会場の端に寄せる程度の処置をするのだが、休憩時間の長い間にフィールドを完全に空にする。

 小さな部品だけであれば、整備員の人海戦術で片付けられるが、脱落した腕部やら、擱座した機体があれば、その引き上げは天機兵で行う必要がある。

 その作業の進捗状態を見ながら、アイリーンは頷いた。


「午後は予定通りに始まりそうね」

「帰りたい……」


 ナイアスが、冒頭で呟いたのと同じ意味の言葉を口にする。


「いったいどこに帰るつもりよ」


 呆れて、アイリーンが肩を竦める。


「塵にでも還ればいいのです」

「……何もなかったんじゃなくて?」


 隣からぼそりと聞こえてきた一言に、アイリーンは眉をひそめて言った。


「今のは独り言です……。ふう……ええ、いけませんね、気持ちを切り換えないと」

「まあ……そうね」


 二人の間に何があったのかは分からないが、一応アイリーンは同意した。

 通信手と操機手が喧嘩をしているようでは試合どころではないのは間違いない。

 しかも、もう試合開始までは間もない。

 ナイアスとリズがべたべたしているのも気にくわないアイリーンだったが、年長者として——ナイアスよりはほんの少し年上なだけだが——空気を変えるために、違う話題を投げかけた。


「そういえば、結局間に合わなかったのね? シャープ・エッジ用の専用武装は……」


 格納庫ケージ係留索アンカーで固定されて、吸気と排気の穏やかな音を立てているシャープ・エッジを見上げるように眺める。

 機体と併せて据え付けられているのは、巨大な剣の一振りだ。

 人の扱う剣になぞらえれば、天機兵の頭身の半分をゆうに超える長さのそれは、大剣の分類に入る。武骨な作りの、諸刃の両手剣だ。

 人間の身体よりも遙かに大きく、刀身を鈍く輝かせ、威圧感を周囲にばらまいているその金属塊はしかし、天機兵の兵装としては珍しいものではない。

 破壊力重視の武器としては、他に大槌や戦槍があり、いずれも人気だが、大剣の人気は頭ひとつ抜けてると言えるだろう。

 特段の塗装もされていないそれは、まさに量産品といった面構えだった。だから、次のナイアスとリズの言葉にアイリーンは首を傾げることになる。


「いや、ぎりぎりだったけど……なんとか間に合ったぞ」

「大剣も、もう少し見栄えよくできるとよかったのですが……」


 ナイアスは誇らしげで、リズはどことなく不満げだった。

 その言葉に、アイリーンが再び大剣に目を向け、ためつすがめつしようとしたとき。

 午後の試合開始をアナウンスする声が会場に響いた。

 

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