英雄操機手の再搭乗

折口詠人

第一部

プロローグ

第1話

 秋の高い空に、人々の歓声が届いていた。

 汎大陸の一大祭典である、天機兵アルケーのトーナメント。その、決勝戦の会場では、興奮する観客の熱気で、空気が渦巻くほどの盛り上がりを見せていた。

 これから何が行われるのかを、知識でしか理解していない八歳のリズ——本名はリーズレットなのだが、家族からはリズと呼ばれている——もまた、場内の雰囲気に乗せられて、つぶらな瞳を好奇に輝かせていた。

 決勝の試合会場は円形で、周囲に観客席が階段のように配置された闘技場だった。

 隣国などでは今も催されているという、伝統的な闘牛場と造りは似通っている。

 違うのはスケール感だけだ。

 人と牛が競う、あるいは、人と人が技を比べ合う、普通の闘技場と比較すると、天機兵同士の戦いで必要なスペースは数倍になる。

 必然的に、観戦席の最前列であっても、試合でぶつかり合う天機兵からは遠くなってしまうのだが、距離が離れているからよく見えないということはない。

 それもそのはず。


「お父さま、選手が出ましたよ! あれが——ふわあああ」


 リズは隣に座っている父親に声をかけようとして、思わず口から感嘆の声を溢れさせた。

 会場を東西に貫く、選手登場用の通路から、操機手——天機兵のパイロットが、まず顔見せのために徒歩で姿を現し、続いて代理が操縦している天機兵そのものが姿を現したのだ。

 それは、な人型の機械だった。

 リズが言葉を失うのも当然。成人男性七人分の身長を持つその機体は、離れていても迫力が損なわれることのない、充分すぎるほどの威容を誇っている。

 天機兵——それは、汎大陸、いや現世の人類が到達した、魔導工学の粋を集めた、決戦兵器である。

 三百年前の抗魔大戦の頃には、古代文明が生み出した発掘品をそのまま使うしかなかったが、それでも人類側に勝利をもたらすのに一役かった、人類の最高の剣——その、現代式の新造複製機レプリカだ。

 今しがた登場した機体は、決勝試合のために、再度表面塗装をやり直したのだろう。

 頭部や手足に備え付けられた鋭角なパーツが、生み出す剣呑なフォルム。それらが赤と白のツートンカラーで各部を強調するように塗り分けられているため、力強さと頑健さをアピールすることに成功していた。

 大気に満ちる魔力マナを燃料にするという魔導タービンが低く唸る音は、歓声に沸く場内に掻き消されて観客席にまでは届かない。

 けれども、リズにはその巨大な機体が唸り声をあげているように思えてならなかった。

 固唾をのんで見守るリズの前に、別の機体がもう一方の入場口から姿を現した。

 こちらの機体色は白銀の一色。

 塗装というより、地金のままのようでもある。

 しかし、その飾り気のなさは、みすぼらしいわけではなく、見る者に、シンプルでいて質実剛健なイメージを印象づけるものであった。


「あれが——かね」


 リズの背中で聞き慣れた声がする。

 振り返った少女の前で、彼女の父親がそばに控えている人物と何事か話していた。


「はい、陛下。あちらの銀色の機体の操機手が、麒麟児と噂されている——」

「お父さまっ」


 駆け寄ったリズがそう声を挙げてから、会話に割って入った行儀の悪さを叱られるのでは、と気づいて身を固くする。

 が、破顔した彼女の父親——頭に王冠を被っている、この国の国王——は両手を差し伸べると、リズを抱え上げた。


「おお、娘よ。どうかな、天機兵は。こうして近くで見るのは初めてであろう?」

「はい! すごいです、大きいです!」

「ははは、そうであろう」


 目を輝かせる娘の頭を撫で、国王は続けた。


「よく見ておくといい。あれら天機兵こそが、こたびの大会の主役でもあり、この国を——いや、人類を魔族から守る剣でもあるのだ」


 言われて、要を得ない表情を浮かべた少女に、まだ分からないのも当然かと国王は苦笑して、幼い娘に説明する。

 人類と魔族の、数百年に渡って繰り返されている戦いのことを。


「人と、魔族の、戦——」


 はたしてどのような感想を抱いたのか、リズはそう呟くと黙り込み、まっすぐな視線だけを天機兵に注ぐ。


「とはいえ、お前の生まれる前に、連中の侵攻を撃退して以来、魔族の危険性は低下しているがな。それでも、万が一を期して、このような大会を毎年開くことで天機兵の操機手や、工房の育成の一助たらんとしておるのだが……いやはや、この話はまだ娘には早いかな」


 後半以降は、娘に宛てたというよりは、周囲の同席者に対するもの。

 そも、反応があることは期待していなかったのだろう。国王は未だ向かい合う天機兵に視線を注いだままの娘の父親役から離れ、大会の観覧と併せて他国からの来客をねぎらう、王としての務めに立ち返っていた。


「これが……天機兵……」


 しかし、その一方で、幼い王女の耳には彼の語った言葉がしっかりと記憶されていたのである——

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