第2話味覚はひとそれぞれ

私はその時からずっとこう思っている。


味覚っていうのは人それぞれで、言葉じゃ言い表せないほど人によって違うんだ、と。



例えば同じ「ウニのおすし」を食べて、ほっぺたが落ちるほど旨いという人もいれば、貝の内臓なんて死にたくなるほど気味が悪いという人だっている。



人間なんてものは、そんなものだ。生まれた国、育った環境、過ごしてきた時間、経験、その他もろもろ、うんぬんかんぬん、千差万別、多種多様だから、考えだしたらきりがない。人がもつ感覚ってのは、基本的に違うものだと。


だから、人ってのは分かり合えないモノなんだって。


「花村、おつかれ!ハイ、これ。」


屋上で人類の嗜好について思考をめぐらし、たそがれる私のもとにやってきたのは上念先輩だった。



今は会社の昼休みなのだ。上念先輩はホットの缶コーヒーを私にポン、と投げてよこす。ブラックで、加糖ゼロの苦い、ジョンジアの缶コーヒー。



「ありがとうございます。」


ペコッと頭を下げ感謝する私。



上念先輩はなぜか私がブラックの缶コーヒーを好きだと思い込んでいる模様で、なにかといつもおごってくれるのだ。だけどとても残念なことに、実は私はブラックコーヒーが苦手だった。



苦いし、ちょっと変な酸味もあるし、こんな飲み物のどこが美味しいのか理解不能。



「これ、ジョンジアの新商品なんだぜ。なかなか美味いだろ。」


そう言って、楽しげに笑う先輩。ほらね、ここにもまた、味覚を分かち合えない2人がいるよ。


「へえー。新商品なんですかあ。」


なんて言いながら私はプルトップを開けて、せっかくおごってもらったのだからブラックは嫌いだなんて死んでも言えないなと思いつつ、一口飲んだ。



いかにも、おいしいです、といった演技をしながら。


いつもこうなんだ。本当の気持ちは言わない、いや言えない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る