あきいろ、そらいろ、こいのいろ

まほろば

せんぱい。その、デートに行きましょう!

 ――西暦2134年。9月9日。午前7時12分。

 この日、私は朝から物凄い気合を入れて、お洋服を選んでいました。今日の天気予報では、午前中は快晴。午後は晴れのち曇り。最高気温は31℃。真夏日みたいに熱いから、服は風通しのいいものを。


 朝の苦手な私が、どうしてこんなに気合を入れているのか。それはですね、私の先輩であり、絶賛片思い中の相手である楠木努先輩とデートをするからなんです。

 先輩と初めて出会ってから、今年で三周年になります。夏休み前、その事を伝えて一緒に遊びたいなーって言ったら、先輩が試験でいい結果出せたら、デートでもなんでもしてやるよって。

 これはもう頑張るしかないじゃないですか。

 

 あーでもないこーでもないと言いながら格闘すること約1時間。結局、私は半袖の白のブラウスに、灰色のフレアスートの組み合わせにしました。これだけだと地味だから、この間お店で買ったアクセサリーも一緒に付けます。これ、可愛くて一目ぼれしちゃったんですよね。

 髪も整えて、お化粧もばっちり。靴もお出かけ用のものを取り出して、準備万端!

 腕時計を確認したら、丁度いい時間になっていました。


 「さあ、行こうか!」


 私は一言気合を入れると、ベレー帽をかぶって勢いよく扉を開けて外に出ます。朝なのに、日差しが思ったよりきついじゃないですか。これは帽子を持って来ておいて正解でしたね。そんなことを思いながら、私は集合場所である神保町駅に向かいます。

 今日はどんな話をしよう、どんなデートをしようと考えていたら、いつの間にか目的地に到着していました。

 ……先輩、どこだろう?

 きょろきょろと周りを見渡していたら、往来する人の中に物凄く目つきの悪いメガネ男子がいました。せんぱい発見です。


 「先輩、おっはようございまーす」

 「よう美来、おはよう。早かったな」

 「先輩こそ。集合時間の30分前ですよ?」


 そうなんです。今の時刻は、午前10時。集合時間には早すぎる時間です。先輩、いつ来たんでしょう?


 「先輩、もしかして私、待たせちゃってましたか?」

 「ん? ………………いや、今来たばかりだな」

 「その長すぎる間は何ですか。ここには何時ごろ来てたんですか」

 「9時半には着いてた」


 おほうふ。なんと、先輩はさらに30分も前にここに着いていたんですね。先輩にしては殊勝な心掛けですけど、そんなに待っていたなんて、少しだけ悪い気がします。

 でも、あれ?

 ってことはもしかして、今日のデートを相当楽しみにしてくれているんでしょうか?


 「先輩、その。今日のデート――」

 「ああ、楽しみだな」

 「っ!?」


 先輩はらしくないほどの眩しい笑みを私に向けます。ああ、普段眉間に皺ばっかり寄せてる人だから、笑うとやっぱり可愛さがあります。普段のクールなせんぱいも素敵だけど、こっちもなかなか……じゃなくて!

 うう。私いま、顔が物凄く熱くなってます。きっと、せんぱいの目に映る私は真っ赤になっているに違いありません。


 「新刊、古本、専門書。ここ神保町は本の街だからな。今日は楽しい1日になりそうだ!」


 ……せんぱいのばか! あほ! あんぽんたん! おたんこなす! すかたんぽん!

 一瞬でも期待した私が馬鹿みたいじゃないですか。私なんて、今日のデートを一昨日の朝から楽しみにしていたというのにっ!

 もー、この先輩は本当に、本っ当に!

 さっきまで高鳴っていた鼓動が一瞬で正常に戻りました。先輩はもとからこういう人ですから、もういいです。

 せんぱいの、ばか。


 私が先に歩こうとすると、先輩が呼び止めました。


 「あー、待て待て」

 「はい? なんですか、忘れ物ですか」

 「そうじゃない。えっと、今日の服、凄く可愛い。その、に、似合ってるぞ」


 目の前には、耳まで真っ赤になった先輩がいました。しどろもどろになりながらも私のことを褒める先輩は、なんというか、とても可愛く見えました。

 まったく、恥ずかしいならやらなければいいのに。でも、ちょっとだけ嬉しいですよ。ううん、すっごく、嬉しいです♪


 「先輩も、今日はカッコイイですよ」

 「そ、そうか?」

 「はい。2割増しで」


 そう言うと、私は右手を差し出します。今日はせっかくのデートですから、存分に甘えちゃいましょう。やったもん勝ちです。

 先輩は私の意図に気付いたのか、先輩は頭をがしがしと掻くと、右手を優しく握りました。私のよりも一回り以上も大きな手は、温かいを通り越して少しだけ熱くて。長い間外で待っていたせいか、少しだけ汗ばんでもいて。

 でも、嫌な感じはまったくしませんでした。2年前、先輩と2人で天体観測に行った時と同じく、ずっと手を繋いでいたいと思ってしまうような、不思議な安心感すら覚えました。


 「それで、せんぱい。今日はどこに行くんですか?」

 「三省堂に行こう。欲しい本がいくつかあるんだ」

 「はい」


 私達は靖国通りを通って、三省堂へと向かいます。少し歩くと、目的地はすぐそこに見えてきました。

 三省堂本店。今は全世界に店舗を持つ、超巨大な本屋さんです。

 50年前までは8階建てだったそうなんですけど、今は11階建てになっています。

 先輩は私の手を握ったまま、躊躇いもなく中に入っていきます。鼻歌なんか歌っちゃって、るんるんですね。

 本当に、今日を物凄く楽しみにしていたんですね。

 私は先輩の隣を歩きながら、店内に並んでいる本の量に圧倒されていました。


 「2階に行こう」

 「はい」


 先輩は、案内図を見てエスカレーターを目指します。どうやら、先輩の目的の本は2階にあるようです。私も、最近友達から借りた漫画がとても面白かったので、それを買おうかと思っていました。

 2階は、ライトノベルや漫画を取り扱うフロアのようです。せんぱいは電子掲示板の案内を頼りに、淀みなく進んで行きます。

 先輩、ちょっと歩くの早いです。


 「お、あった」

 「へ?」

 「これこれ。この本が欲しかったんだ」


 先輩は、そう言って並べられている一冊を手に取りました。表紙には剣を持った男の人と、可愛らしい服を着た金髪碧眼の女の子が描かれていました。

 ええっと。タイトルは、『紅蓮の騎士と茨姫』ですね。


 「この本、面白いんですか?」

 「ん? ああ、少なくとも俺は、面白いと感じたな。タイトルは古臭いけど」

 「それは言わないであげましょうよ」


 私は第1巻を手に取ると、パラパラとページを捲ります。

 とっても弱い事で有名な傭兵が、金髪美少女のヒロインから助けを求められ、一緒に暮らしたり共に戦ったりするお話、らしいです。

 魅力は傭兵が世間知らずのヒロインに振り回されるところ、らしいです。

 私は表紙と扉絵を見ながら考えます。この本は、一冊610円(税別)。全部で5巻まで出ています。私の欲しい漫画は全部で6巻。まとめ買いするとなると……ううむ。


 財布と相談した結果、私は『紅蓮の騎士と茨姫』を手に取りました。ただし、1巻だけ。今月はお化粧やお洋服を買ったりもしているので、全部をまとめ買いするとなると、私のお小遣いの殆どを使い切ってしまいます。

 それだけは、避けたいです。


 「取り敢えず、お試しで買ってみます」

 「おい美来。買わなくても、俺が貸してやるよ」

 「え? いやいや、それは悪いですよ」

 「買ったのに面白くなかったら、損だろ? 俺が持っているやつを読んでみて、面白かったら改めて買えばいい」


 なんと!

 それはありがたいです。確かに、勧められて買った本が自分には合わない本だったら、きっと後悔しちゃいそうですからね。私は、先輩の申し出を受けることにしました。先輩様様です。


 「ありがとうございます。せんぱい」

 「気にすんなよ、後輩」


 私の心を込めたお礼に先輩は軽いノリで返すと、時に目を輝かせながら、時に険しい表情で吟味しながら小説を籠に入れていきます。

 むー、なんだかなぁ。

 先輩は、まだ私の事を恋愛対象として見てくれていないんでしょうか。私がこんなに大好きなのに、今日はずっと浮かれっぱなしなのに。

 ずっと好きで居続けるっていうのも、なかなかしんどいんですよ、先輩?

 それが、一方通行だって分かっているから、なおのこと。


 そんな、私の内心を知る由もないであろう先輩は満足げな表情を浮かべています。5、6冊は入っているでしょうか、結構重そうです。


 「美来は、買いたい本はないのか?」

 「ええっと、漫画を買いたいんです」

 「なにが欲しいんだ?」

 「ええっと、『アオイマシロ』って言う漫画なんですけど」


 2人で探していたら、すぐに見つかりました。レジの前、山積みにされています。私はさくさくとレジの前まで移動すると、件の漫画を手に取りました。


 「名前は聞いたことある。面白いのか?」

 「はい。体が弱くて学校を休みがちな蒼ちゃんって子が、素行不良で成績優秀な白に勉強を教えてもらうって話なんですけど、凄ーくきゅんきゅんするんです」

 「ほう。それはなかなか」


 私は6冊全部を手に取ると、レジ向かおうとしました。すると、先輩が私の手から漫画を取り上げ、ひょいひょいと自分の籠に入れていきます。


 「せ、せんぱい?」


 戸惑う私に、先輩は少しだけ顔を赤らめながら、きっぱりと言います。


 「今日はデートだから。だから、俺に払わせてくれ」

 「ふぇっ!?」


 吃驚して、思わず大きな声を上げてしまいました。まさか、あの先輩がそんな事を言うなんて。悪いです、なんて言う間も与えないまま、先輩はさっさとレジに行って全ての本を買ってしまいました。

 呆然としたまま、私はほら、差し出された漫画を受け取ります。僅かに触れた指は、火傷しそうなぐらい熱くて。

 周りからは生暖かい視線を感じるし、店員さんからは「よかったですね、優しい彼氏さんがいて」なんて言ってくるし、先輩は先輩ですっごく悪い笑みを浮かべているしっ!


 あー、もうっ! そんな事されたら、嬉しいに決まってるじゃないですか!

 このやろう、やりやがったなぁっ!?

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