こたつの中の春

谷村にじゅうえん

こたつの中の春 1/1

今日、俺の恋人である緑川先輩が卒業式を迎えている。

桜咲く講堂の前。式服に角帽の先輩は友人たちに囲まれ、晴れやかな笑みを浮かべていた。

遠巻きに見ている俺まで胸がいっぱいになる。


1年下の俺は、先輩の晴れ姿を見たいがために講義のない大学に来ていた。

けれども人垣がすごくて、先輩に近づけそうにない。


(タイミング見て話しかけるしかないか)


そう思っているうちに、先輩は友人たちとどこかへ行ってしまった。

おそらくこれから卒業パーティーという流れだろう。

会いたいけれど、仲間内で卒業を喜びあっているところを邪魔するわけにはいかない。

先輩は院に進むから俺とはこれからも会えるけれど、就職する仲間たちとは今日が最後かもしれないんだから。


(とりあえず帰ろう)


先輩の晴れ姿を見られただけ、今はよしとする。

しばらくしてスマホから「会いたかった」とメッセージを送ると、先輩は「うちにおいで」と誘ってくれた。



日が暮れた頃。

学校近くにある先輩のマンションを訪ねると、先輩はすでに式服を脱いでいた。


「アラタ、昼間はごめんね?」


出迎えてくれる普段通りの笑顔にホッとする。


「いえ。先輩、遠くから見てもかっこよかったっすよ! 後光が刺してました」


そんなことを言って玄関で先輩を抱きしめようとすると――。


「ごめん、今……」


先輩が俺の腕をすり抜け、部屋の奥を目で示した。

見るとワンルームの中心に置かれた季節外れのこたつに、先輩の友達2人があたっている。


「流れで、来ることになっちゃって……」


先輩が申し訳なさそうな顔で、小さく手を合わせた。


「俺、帰りましょうか?」

「いや、せっかく来てくれたんだし、アラタにいてほしい」


子犬みたいな顔で見上げられ、俺は胸がざわつくのを感じながら奥へ進んだ。

来ている先輩たちは、俺も知っている顔ぶれである。


「お、アラタくんも来たのか!」

「一緒に飲もう! いいお酒があるんだ」


笑顔で迎えられ、俺はこたつの空いてる1辺に座った。

もう3月も下旬に入るというのに、寒がりな先輩は未だにこたつをしまっていなかった。

それはそれで、俺は先輩とぬくぬくできて嬉しかったんだが。

今日は2人きりじゃないばかりか、先輩は俺の向かい側に座っている。

これじゃ手も握れないし、いつもみたいに脚を絡めることもできなかった。

正直さみしい。

俺と先輩を隔てるこたつは、見慣れているはずなのにこんな大きかったかなと思う。

なんとか先輩のそばにいけないものか。

4人で酒を酌み交わし他愛もない話に笑いながら、俺はそのことばかりを考えていた。


と、向かいで正座をしていた先輩が脚を崩す。

こたつの中の熱気が動き、先輩の足先が近くに来た気がした。


(どうする!?)


その足先に触れたいと思う。

けど、下手に自分の足を動かして、他の先輩の脚にぶつかってしまったら。

俺はそっと左右を見て、2人の脚の位置を予想した。


(いけそうな気がする!)


目で合図を送ろうとする。

けれども緑川先輩が、俺の意図に気づく気配はない。

グラスに目を落とした先輩は、酔っているのか目尻を赤く染め、妙に色っぽく俺の目に映った。


(先輩、2人きりになりたいです!)


想いを込め、こたつの中に伸ばしていた脚をじりじりと動かす。

右脚をゆっくり、ゆっくりと移動させていくと、少しして誰かの脚にぶつかった。

緑川先輩はグラスから目を上げない。

しくじった、別の脚に当たってしまったかと思いヒヤリとした。

けれども左右の2人からも反応はなかった。


(えーと?)


そのまま動きを止め、状況をうかがった。

確証はないけれど、右脚に感じるやわらかいぬくもりは、緑川先輩のものだと思う。

そしてわずかに触れ合うその脚を感じていると、もどかしさに胸が詰まってしまった。


先輩、俺は先輩が好きです。

早く、あなたに触れたい。


視線の合わないその人の顔を、目の端で見つめる。

テーブル越しに交わされる会話は、俺にとってはどうでもいいものばかりだ。

その時、触れ合っていた脚が動き、こたつの中で脚と脚が絡まった。

同時に先輩の視線がすっと動き、上目遣いに俺を捉える。

下唇をわずかに噛む、拗ねたような表情。


「……!」


甘い視線と触れ合う片脚に、心臓を鷲づかみにされた気がした。

それからも、他愛もない会話は続いていく。

駄目だこんなの。何もできないうちに茹だってしまう。


「そうそう、あの時は――」

「先輩、あの……!」

「え、何? アラタ」

「コンビニ行きませんか? 俺、焼き鳥食べたいっす! 缶詰のやつ!」


俺は会話をぶった切って、強引に先輩を誘った。


「分かった、行こう。おつまみなくなりそうだしね」


先輩が頷き、立ち上がる。

絡み合っていた脚が離れた。


「アラタ」

「はい」

「……ううん、なんでもない」


先輩が笑い顔のまま、もの言いたげな目で俺を見ていた。

なんとなく言いたいことは分かる。

たぶん先輩も、俺と同じ気持ちだと思うから……。


それから俺たちは暗いマンションの外階段で、少し長めのキスをした――。

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こたつの中の春 谷村にじゅうえん @tanimura20yen

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