続・日が沈む――夜の道を私は進む

豊羽縁

逃げたっていい、前に進んでいることには変わりない

 アルトをこんなに走らせるのは久しぶりだがエンジンは順調に動いてくれる。かけている洋楽のテンションのようにこの子自身も、久しぶりのドライブに興奮しているようだ。


「良いよアルト、その調子」


 辞めたこと自体に後悔はない。私自身が疲れ果ててしまうよりはこの選択はマシだったのは間違いない。住んでいた場所自体にもう未練は無い。嫌な思いをした所にまた来たいと思うにはかなりの時間を要するだろう。それくらいには後悔はないはずなのだ。なのにまだ少し靄がある。アルトの調子のいいエンジン音や洋楽のようなテンションにはまだ上がり切れていない。

 その時、ふとフロントガラス越しにとても美しい光景が見えた。美しく煌々と輝く月がチラチラと舞う雪を照らし出す。雪はキラキラとまるでダイヤモンドダストのように輝いている。ダイヤモンドダスト自体は確か氷点下10度の寒空で雪が舞うと太陽の光をキラキラと美しく反射する現象だったはず。これはそれそのものではないと理解しているが弱くも強い月がまるで太陽のように雪を輝かせる姿はその光景にそっくりだった。私が働いていた町も真冬になるとダイヤモンドダストが見られるくらいに冷えた。私は運転しながら見た光景によって心のモヤモヤを少し理解した気がした。

 ああ、私はあそこの綺麗な光景が好きだったのだと。そしていつかまた綺麗な光景をあるがままに受け止めたい。そう思った。


 2時間ほど車を運転し、予定通りに道の駅で一度休憩を取ることにした。お土産屋や観光案内所は閉鎖しているが、自販機と併設されているコンビニエンスストアはまだ営業をいているのでそこで少し買い物をして車で仮眠を取る。ガソリンはまだ半分程度残っているが次の休憩地点で給油しなければならない。これで道のりの3分の1を消化したことになる。

 白い息を吐きながらコンビニの扉を通り抜ける。


「寒い…」 


 コンビニでは2本目のブラックコーヒーと濡れマスクを買った。暖房を点けておくので仮眠の際に喉を乾燥してしまわないように買った。車に戻り、ガソリンの残りを確認し、ヒーターを最小にして手袋、マフラー、帽子を着け直して先程買ったマスクを着ける。最後にアラームをセットして仮眠を取る。2時半くらいには起きなければ――そう思いながら意識が薄くなっていく。私は結構、疲れていたみたいだ。


 夢を見る。幸せな自分、楽しい自分、友人と話す自分。今自分が求めているもの。今私が向かっている場所。でも何故かまだそこに行っても居場所がある気がしなかった。自分が後退してしまった感覚に陥る。


「ハッ!」


 ピピピ…ピピピ…。アラームが鳴っているなか私は目を見開く。時間は2時54分、約30分ほど寝過ごしてしまった。失敗だ、つらい、こんな……。暗い気持ちが心を漂い始める。でもそこで私は昔に言われたことを思い出して、上手く受け止めてみようと思う。運転の時に暗い気持ちではいけない気持ちを変えよう。

 よく考えると次の休憩所ではガソリンを入れようと思っていたけど、スタンドが開くまでは1時間ほど待つ必要があった。そうなら、30分寝過ごしたことは問題ない。どうせスタンドが開くまでは動けないのだから慌てる必要は無いし、失敗でも何でもない。他の視点に気づければ簡単なことだった。私はもう10分ほど休憩して出発することにした。ゆっくりでもいい、そのことを認められるだけで少し心に余裕ができた気がした。

 3時10分車のヘッドライトを点け、シフトをPからDに変える。ウィンカーを点けて公道へ復帰する。CDも入れ替えて、心機一転。歌詞は私の背中を押してくれている、そんな気がした。


 休憩地点から車を走らせて約2時間。徐々に空が明るくなり始め、煌々と青白く輝いた月は段々とその力を弱めていく。もうすぐ春分の日も近い、日光の長さと闇夜のはもう少しで半々だ。季節の廻りは早いなぁそんなことを思い浮かべる。次の休憩地点が標識に出てきた。後、1キロ半慌てずに進もう。ヘッドライトはちゃんと導いてくれている。


「レギュラー満タンでお願いします」


 休憩地点へ到着して10分ほど休憩しているとガソリンスタンドが営業を始めた。Eのランプが点灯する直前まで行っていたのでガソリンを給油する。計画通りとはいえ、少し緊張した。まあ、深夜にでるのだから仕方がない。そっちのメリットの方が私には重要だったのだし。気にし過ぎないようにしよう。やりたいことをやっているのだから。


「よしっ、もう少しだよ。無理しないで行くよアルト」


 相棒に声をかけて、最後の道のりを進む。まだ車の少ない国道を小さな私の車は進んでいく。行く先は段々と明るくなってた。

 街に近づく。信号が次第に増え、車もトラックだけでなく乗用車や軽も見えるようになる。ああ、帰ってきたんだな。そんな気持ちが心の中を占めていく。喜びと懐かしさと語彙力の無い私には表現できない気持ちが信号を過ぎるごとに浮かんでは消えていく。

 ついに高速道路の高架下を通り過ぎる。街中の新居までは後少し。着いたら抑えて出せなかった感情を出し切ろう、やりたいことをやろう。そう思った。河を越えていく、ちょうどその時ビルの間から太陽が顔を見せる。日は昇ってちゃんと私を迎えてくれている。私は逃げたんじゃない、いや逃げてもいいしそれは悪いことじゃない。居場所が在るか無いか。そうじゃないんだと思った。私がいてもいいと思える、そう心に贅沢を持てることそれが大切なんだ。


「おやすみなさいお月さま、おはよう太陽さん」


 私を見守ってくれた月に感謝を込めて、おやすみを。迎えてくれる太陽にあいさつを。そう思い、小さくつぶやく。新居が見えてきた、いつもは苦手に思っていた親だけど、実家の近くのこんないい所を見つけてくれてとても嬉しい。少しずつでもいいから楽しく話せるようにしよう。傷は完全に消えないし、無くならない。でもその痕があることで自分を全否定する、そんなことはしなくなる。そんな日は目指せる、そう思った。完璧じゃなくていいし、逃げたっていい、それは卑怯じゃない。駐車場に車を停める。ライトを消して、エンジンを止める。ドアを開けてキャリーバッグと鞄を持って車を降りる。


「ありがとう、アルト。ゆっくり休んでね」


 300キロほど走り抜けてくれた相棒に感謝を告げる。まず新居に入ったら、休憩しよう。そう思いながら、入り口に向けて歩いていく。たどり着いた安心と答えを見つけれた安心で私は心が安らいでいた。今なら久しぶりに安心して寝れそうだ。


「おやすみなさい」


 自分に少しの感謝を言って、私は新居の扉を開けた。

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