介護孤児(ルネ・デフォルト氏の第六十感)
天派(天野いわと)
第1話父の涙雨
介護孤児その1「父の涙雨」
§
父の遺骨に最期の経をあげて貰おうと、骨壷を抱いて寺の門をくぐった途
端に土砂降りの豪雨になった。
告別式の予報は朝から雨。それが運良く午後にまでずれ込み、自宅での出
棺から名古山の火葬場までは天気が持った。
午後、火葬場で残り少なくなった親戚らと骨揚げをし、同い年の従兄弟、
野々村四郎の軽自動車の助手席に乗り込んだ。
軽自動車が走り出す。私は膝の上の父の骨壷に目を落とした。
家路に向かう車の窓から入り込んだ日差しが父の骨壷を白く照らしている。
生前、真夜中にベッド横にある簡易トイレに移動しようとしてバランス
を崩し、ベッドと簡易トイレの間に倒れ込んだ父を抱きかかえてベッドに戻した頃の重さはもうない。
享年八十四歳。父は神戸で生まれた。戦争で満州に行っている間に、神戸空襲で両親や親戚、家も無くし、姫路に流れてきたらしい。私は父の子供の頃をよく知らない。
フロントガラスから膝元に差し込んでいた暑い午後の日差しが急に失せ、同時に膝の上で光っていた骨壷が灰色に沈む。見上げると西の空が真っ黒になっていた。
「寺まで天気が持つかな。四郎、ハリーアップ!」
後部席に座っていた従兄弟の兄、野々村弘が顔を突きだして言った。
そして寺にたどり着き、慌てて門をくぐり抜けようとした途端に土砂降りの雨になったのだ。
数秒でずぶ濡れになる程の勢いだったから暫く門の下で待った。風が一切なかったから、門の屋根瓦一枚一枚の真ん中から滝のように雨が垂直に落ちていく。
野良猫も門の隅で雨が止むのを待っている。西の空が明るくなり、雨垂れがキラキラと光り始めた。雨が小降りになった。
夏の午後の三時の日差しが戻ってきた。
私達は、濡れた石畳を渡って本堂に入った。読経が始まった。
介護生活は難儀ではあったが、夢があったから思ったより辛くはなかった。
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